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  • 2016.04.03 Sunday
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The Essential/Eric Carmen

JUGEMテーマ:音楽

1984年に公開された映画「フットルース」のサントラ盤は当時大ヒットを記録し、ケニー・ロギンズの歌う主題歌をはじめボニー・タイラーの「ヒーロー」(我が国では葛城ユキさんのカヴァーでヒット)、ムーヴィング・ピクチャーズの「ネヴァー」(同じく我が国ではピンク・レディーのミーちゃんの歌でヒット)など、アルバムからは数多くのヒット曲が生まれた。その中の1曲、ラヴァーボーイのマイク・レノとハートのアン・ウィルソンがデュエットした名曲「パラダイス〜愛のテーマ(Almost Paradise)」が僕は大好きで、洋楽に興味を持ち始めたばかりの当時中学生だった僕は親に買ってもらったSANYOのアナログ・レコード・プレイヤーをAIWAのラジカセにつなげてこの「パラダイス」の7インチ・シングルのドーナツ盤を繰り返し聴いていた。歌詞を丸暗記してしまうくらい、文字通りレコードが擦り切れそうになるまで繰り返し聴いていたことをよく覚えている。この曲の作曲者がエリック・カルメンだった訳だけれど、自分の大好きな曲を演奏しているミュージシャンよりも「いったい誰がこんな素晴らしい曲を書いたのだろう?」とコンポーザーの方に関心を持ったことは、その後の僕の音楽の聴き方に少なからず影響を与えたかもしれない。

このSONYの「The Essential」シリーズは、アーティストの長いキャリアを手っ取り早く総括できるうえにヴォリュームたっぷりで満足もできて、かつコアなファン向けに貴重なレア・トラックまで収録されているというありがたいベスト盤シリーズ。自分も何枚かお世話になってるはずだなあ、とCDラックを調べてみたら、ジョージ・ガーシュイン、メイナード・ファーガソン、バリー・マニロウとかなり奇妙な取り合わせで所有していた(笑)。そのシリーズにエリック・カルメンが登場。ブックレットにはブルース・スプリングスティーン、ポール・スタンレー(KISS)、マシュー・スウィートら多くのミュージシャンがトリビュート・コメントを寄せているのだけれど、何とその中にアレックス・チルトン御大のコメントが!涙なしには読めません。

我々のような人間にとってこの手のベスト盤の関心はリマスターの音質とレア・トラックということになるのだけれど、音質についてはまあ劇的によくなっている、とかいうことはないですね。ラズベリーズの音源なんかは昔から音が悪かったのでどうかな、と期待もしていたのだけれどそもそもマスターテープに起因するものなので、音質向上を期待する方が間違っているかも。レア・トラックについては個人的に興味深かったのは88年のヒット曲「Make Me Lose Control」の歌詞違いデモ・ヴァージョン「Long Live Rock&Roll」。原曲はかつてのヒット曲「悲しみToo Much」と同路線のドリフターズを想起させるオールディーズ風の佳曲で、歌詞の内容も映画「アメリカン・グラフィティ」そのままのラヴソングなのだけれど、デモ・ヴァージョンでは歌詞の「Make Me Lose Control」の部分が「Long Live Rock&Roll」に置き換わっていて、これだとサビの「Turn the radio up for that sweet sound」というオールディーズ讃歌的な歌詞にぴったりハマっていてストンと腑に落ちる。「Keep this feeling alive」という部分も「Keep this summer alive」となっていてこっちの方が随分いい(ビーチ・ボーイズのアルバムにも「Keepin' The Summer Alive」というのがありましたが)。何でもアリスタのクライヴ・デイヴィス社長から「歌詞の内容が古臭い」と変更を要求されたそうだけれど、どこのレコード会社も上の人間は余計な口出しをするものなんですかね(笑)。

ただ何と言っても今回の目玉と言えるのは、何と実に18年ぶりとなる新曲「Brand New Year」。ビーチ・ボーイズの隠れた名曲「Keep An Eye On Summer」をちょっと思い起こさせる佳曲で、歌詞の内容からするとビーチ・ボーイズの「クリスマス・アルバム」のアウトテイク、とでも言ったところか。レコーディングにはブライアン・ウィルソンの「スマイル」再録に尽力したことで知られるダリアン・サハナジャ君(ワンダーミンツ)が参加している。僕は彼のことをゾンビーズの「オデッセイ&オラクル40周年再現コンサート」のDVDでメロトロンを弾いているのを見て知ったのだけれど、大御所ミュージシャンに可愛がられてますねえ。

僕がラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を好んで聴くのは、今年のソチ五輪での浅田真央ちゃんのフリー演技「奇跡の4分間」に感動したから、という訳ではなくて(笑)、エリック・カルメンの代表曲「オール・バイ・マイセルフ」にその第2番第3楽章のメロディが使われているからです。あと「恋にノータッチ」には同じラフマニノフの交響曲第2番が使われているのだけれど、このエリック・カルメンという人はラズベリーズ時代の楽曲にしてもビートルズ、ザ・フー、スモール・フェイシズ、ビーチ・ボーイズといった大好きなミュージシャンへの憧憬の表明がピュアでストレートでイノセントなんですよね(それは音楽だけじゃなくて「雄々しき翼(Boats Against The Current)」の歌詞の一節がスコット・フィッツジェラルドの「華麗なるギャッツビー」からの引用とかいうのもね)。で、ビーチ・ボーイズ風の楽曲にはちゃんと本家ビーチ・ボーイズからブルース・ジョンストンがコーラス参加してたり、日本ツアーにはカート・ベッチャーがバックコーラスで来日してたり、というのも我々愛好家には伝説だったりもするのだけれど。

ちなみに今回の日本盤仕様のBlu-spec CD2というのはSHM-CDと同じで個人的には違いがよく分からないのだけれど(笑)、前回記事にも書いた若月眞人さんのかゆい所に手が届きすぎる解説が素晴らしいのと、日本盤のみ収録のボーナストラックも6曲もあるのでぜひ日本盤をおすすめします。

 

「アフターマス」ザ・ローリング・ストーンズ

 

久しぶりにストーンズの66年作「アフターマス」を聴いてみて思ったのは、「ストーンズってこんなにポップだったっけ?」ということだった。ザ・フーの「アンダー・マイ・サム」のカヴァーをきっかけにストーンズの60年代のアルバム(いわゆるデッカ/ロンドン時代)を一通り聴き直してみて改めて感じたのだけれど、僕にとってのストーンズっていうのはソングライター・コンビとしての「ジャガー=リチャーズ」の魅力なんである。レノン=マッカートニーがいわゆるブリル・ビルディングのソングライター・コンビたち(バカラック=デヴィッド、マン=ウェイル、ゴフィン=キング、バリー=グリニッチなど)と並び称されるべきポピュラー音楽の偉大な作曲家であることは衆目の一致するところだと思うが、このジャガー=リチャーズも同じように語られるべきだろう。

70年代に入ってアメリカのスワンプやサザン・ロックへの近接とともにストーンズは楽曲の良さを前面に押し出す、というよりは独特な演奏の「間」とグルーヴで聴かせるロック・バンドへと変貌していく訳だけれど、この世間一般認識で黄金期とされるいわゆる「70年代型ストーンズ」というのが僕にはどうもピンと来ないんですねえ。アルバムで言うと「ベガーズ・バンケット」以降ということになるけれど。以前山下達郎がビートルズについて「僕にとってのビートルズは初期の頃がすべて。『サージェント・ペパーズ』以降何がいいのかサッパリ分からなくなった」というようなことを語っていたけれど、自分にとってはまさにストーンズがそんな感じですねえ。60年代ストーンズのポップさというのは、もちろんプロデューサーのアンドリュー・ルーグ・オールダムのフィル・スペクター風味の味付けというのも大きいとは思うのだけど。

で、そんな訳で60年代ストーンズをおさらいしているときにちょうどタイミングよく雑誌「レコード・コレクターズ」誌で「ローリング・ストーンズ ベスト・ソングス100」なる企画をやっていたので早速購入して読んでみたのだが、何でなんだよ。何で僕の大好きな「The Singer Not The Song」が100位以内に入ってないんだよ(笑)。で、総合ランキングの元になった音楽ライター25人の個人ランキング・リストを眺めていたら一人だけ「The Singer Not The Song」を挙げていた人がいた。萩原健太サン(笑)。自分がこの曲を初めて聴いたのは実はアレックス・チルトンのカヴァー・ヴァージョンなんだが、そういえばチルトンのアルバムの国内盤の解説を書いていたのも健太サンだったっけ。健太サンも言い訳がましく(笑)書いておられる。「好きな曲は古いのばかり。現役バンドの聴き手としては(ストーンズの)あまりいい聴き手ではないと思います」と。自分も以前ニッキー・ホプキンス絡みで「ゼア・サタニック・マジェスティーズ」について書いた時に「ストーンズについては門外漢」と書いたけれど、70年代以降のストーンズが鬼門である、ということにはやはり後ろめたさを感じずにはいられないのです。

「アンダー・ザ・カヴァーズ Vol.2」マシュー・スウィート&スザンナ・ホフス


JUGEMテーマ:音楽

とうとうアレックス・チルトンもクリス・ベルとあの世でビッグ・スター再結成か。バックのサポート・メンバーにはジム・ディッキンソンがいて、エリオット・スミスもいて。以前ブログで「クリス・ベルのソロ作のデラックス・エディションを聴くまでは死ぬ訳にはいかない」と書いたけど、あの世も楽しそうだなあ(笑)。

などと、ようやく「アレックス・チルトンの死」という出来事を客観的に受け入れることができるようにまでなった。同じようにチルトンの死には胸を痛めたであろうビッグ・スター直系のパワー・ポップおたくマシュー・スウィートと元バングルスのスザンナ・ホフスの2人からなるユニット(その名もシド&スージー!)によるカヴァー・アルバム第2弾「アンダー・ザ・カヴァーズVol.2」には、もちろんそのビッグ・スターのカヴァー(「Back Of A Car」)も収録されている。バングルスはかのプリンス殿下のペンによる「マニック・マンデー」やサイモン&ガーファンクルのカヴァー「冬の散歩道」などをヒットさせた我々の世代には懐かしいガールズ・ポップ・バンドなのだが、そういう超メジャーなポップバンドがなんとかのビッグ・スターの名曲「セプテンバー・ガールズ」をカヴァーしていた、と知ってからは一目置かざるを得なくなった。その2人のコラボレーションによるカヴァー・アルバムなのだから、さもありなん、という選曲になっている。

内容についてはまあマシュー・スウィートのやることだから、原曲に忠実なカヴァーになっていて実に安心して聴くことができる。しかしこのカヴァー・アルバムを聴いていたら、途中からなぜだか涙がこぼれてきて仕方なかった。トッド・ラングレンの「ハロー・イッツ・ミー」のカヴァー。これがいけない。涙を誘うきっかけになったのはこの曲だ。なぜ涙がこぼれて仕方ないのか?その理由はおそらくここに収められたカヴァー曲のほとんどを、僕はちょうど洋楽を聴き始めた頃、すなわち16歳〜19歳くらいの、十代の終わり頃に聴いていたからかもしれない。ラズベリーズの「ゴー・オール・ザ・ウェイ」もフリートウッド・マックの「セカンド・ハンド・ニュース」も、デレク&ザ・ドミノスの「ベル・ボトム・ブルース」もリトル・フィートの「ウィリン」も、ブレッドの「エブリシング・アイ・オウン」もブリンズレイ・シュワルツ(というかニック・ロウ)の「ピース・ラヴ・&アンダースタンディング」もモット・ザ・フープル(というかデヴィッド・ボウイ)の「すべての若き野郎ども」も、みんな高校生か大学生の初め頃によく聴いていた曲なのである(最近になってから聴いたのはイエスの「アイブ・シーン・オール・グッド・ピ−プル」くらい(笑))。

ノスタルジア、というのとも少し違う気もする。つまりは一言で言うならば、いつも言うことなのだけれど(笑)、年を取ってしまった、ということなのだろう。

この2人によるカヴァー企画の第3弾のリリース予定があるのだとしたら、ぜひともオリビア・ニュートン・ジョンwithE.L.O.の「ザナドゥ」のカヴァーをリクエストさせて頂きたい。

Take Care


JUGEMテーマ:音楽

その知らせを聞いてから何日か経ったのだけれど、どうもピンとこない。ピンとこない、と思うことで気を紛らわせているのかもしれないがよくわからない。

それはあまりに長い間アレックス・チルトンの音楽が僕のそばにあったからかもしれない(僕が彼の音楽に初めて巡り会ったのはもう20年以上も前のことだ)。 他のミュージシャンではこういう思いにはならなかった。

以前の記事で僕は「ビッグ・スターの2ndと3rdの生と死の対比には、そのあまりの鮮やかさにめまいがする」と書いたのだけれど、3rdの最後の曲で彼はこんな言葉を残して去っていく。

「じゃあね/どうか元気で/お別れのようにも聞こえるけれど/ある意味そうかもしれない/僕は君のそばを離れていくのだから/じゃあもう行くよ」

Take Care/Big Star:

それからこれも以前書いたけど、こういう美しい曲は、この人にしか書けない。

The EMI Song(Smile For Me)/Alex Chilton:


94年に再結成ビッグ・スターとして来日した時に、クラブ・クアトロにライヴを見に行った。その時、開演前に一般客用のバーカウンターにフラッと出てきて、ファンに囲まれて酒を飲んでいたアレックス・チルトンの姿を、今でもよく覚えている。

93年にリリースされたアコースティック・ギターの弾き語りによるアルバム「クリシェ」は僕の大好きなアルバムなのだけれど、今はちょっと聴きたくない。

「Thank You Friends:The Ardent Records Story」

JUGEMテーマ:音楽


前回書いたビッグ・スターのボックスリリース以来、彼らが残した3枚のアルバムをまた繰り返し聴いているのだけれど、ちょうど20年前にめぐり会ってよく聴いていたアルバムを、今になってこうしてあの頃と同じように(あるいはそれ以上に)聴いているのだから、なんだか不思議なものである。しかしそれにしても2ndと3rdの生と死の対比には、そのあまりの鮮やかさにめまいがするほどである。20年前には僕もまだ若かったので(笑)3rdより2ndの方を好んで聴いていたが、この年にもなると(笑)3rdの音の方が胸にせまる。この3rdの持つ音楽性にはストーンズの「ワイルド・ホーシズ」でピアノを弾いていたというプロデューサー、ジム・ディッキンソンの貢献度が大きいのだろう。

前回触れた100ページにも及ぶ読み応えあるブックレットは、ビッグ・スターが所属したアーデント・レコードの創始者であるジョン・フライのメッセージで始まる。

「1968年のある日、私がオフィスに入るとまだ10代そこそこと思える若者が、ブーツを履いた脚を机の上に投げ出して、タバコをくわえて私の椅子に座っていた。それがクリス・ベルだった」
「(2008年のビッグ・スターのイギリスでのライヴの際)私は会場近くのインド料理店で友人と食事をしていたんだ。隣のテーブルには10代の女の子とその両親と思しき家族が座っていた。しばらくしてその父親が私に近づいてきて訊いた。『すみません。お話が聞こえてきたのですがあなたたたちはビッグ・スターのことをしゃべってましたよね?私たちもこのライヴを見に来たんですよ。家族全員ビッグ・スターの大ファンなんです。彼らのことを何かご存知なんですか?』私は答えた。『ええ、まあ少しだけ』」

音楽評論家のロバート・ゴードンは「知れば知るほど分からなくなる」と題した記事を寄せている。

「(2ndアルバムには)『セプテンバー・ガールズ』という珠玉の逸品が収録されている。パワーポップの代表曲と言ってもいいだろう。晴れた日ならいつでもいい、『セプテンバー・ガールズ』をかけてみるといい。歓喜の歌は君に笑顔をもたらすことだろう」

「偉大なる聖戦:ビッグ・スター・カルトの誕生」と題した記事の冒頭で音楽評論家のボブ・メーヤーは言う。

「彼らが語るとき、その言葉は信者の熱き言葉である。そこには恍惚があり、聖戦があり、福音がある。世界に広まる前に己の信心を教義に注いだ初期のキリスト教徒にも似ている。それがビッグ・スターのファンであった」

同じ記事の中にはdB'sのピーター・ホルサップルやR.E.M.のピーター・バックら「ビッグ・スター教団の信者」のコメントがあるのだけれど、ピーター・ホルサップルの語るエピソードが面白い。

「個人的にはビッグ・スターは僕にとってのリトマス試験紙だったんだ。実際よく2nd『レイディオ・シティ』でガールフレンドにテストしたものだよ。ある女の子は『レイディオ・シティ』を聴いてこう言ったよ。『アメリカ(『名前のない馬』のヒットで知られるバンド)に似てるわね。ちょっと声が高すぎるけど』。もちろん速攻で彼女を追い返したよ(笑)」

記事の最後はビッグ・スターのオリジナル・メンバーでありドラマーのジョディ・スティーヴンスのコメントで締められている。

「ここ数年で多くの人たちがビッグ・スターを認知してくれて愛してくれたことは、ビッグ・スターに対する『残念賞』みたいなものだと思うんだ。とてもいい意味でね」とジョディは語る。「確かにあの頃これくらいブレイクしてたらよかったのに、とは思うよ。でもね、30年以上も経った今、こうしてビッグ・スターはライヴ活動を続けていて、我々の音楽は映画のサウンドトラックに使われたりして、若い人たちが今なおビッグ・スターのレコードを見つけて興奮している。それを『成功』と言わずして何と言うのか、ってね」

気になるのはやはり、というか案の定というか、ブックレットに肝心のアレックス・チルトンご本尊によるコメントが一切ないこと(笑)。ビッグ・スターの商業的な失敗をめぐるアーデント・レコード〜ジョン・フライとの確執は未だに続いているんでしょうかねえ。何でも3rdに収録された「Downs」という奇妙で不可解でふざけたアレンジ(笑)の楽曲は、この曲のデモを聴いたジョン・フライが「いい曲だ」と言ったのでそれに対する反発心からああいうふざけたアレンジに破壊されたそうで(壊れる前のデモ・ヴァージョンはこのボックス・セットで聴くことができる)。

前回書いたけどクリス・ベルによるビッグ・スターの前身バンド・アイスウォーターの「All I See Is You」は本当に名曲である。僕はかねてからクリス・ベルの音楽にビッグ・スターと同じパワーポップの代表格でアップル・レコードのビートルズの弟分であるバッドフィンガーとの共通性を見出さずにはいられない(両者ともビートルズではポールやジョンというよりはジョージが持つもの哀しげなポップセンスに近い)のだけど、この曲なんかもバッドフィンガーの「マジック・クリスチャン・ミュージック」のアウトテイクだ、と言われても全く違和感がないくらいである(実際ビッグ・スターはバッドフィンガーの全米ツアーのオープニング・アクトを務めている)。その音楽性のみならず商業的な失敗の後、非業の死を遂げてしまう(クリス・ベルは交通事故死、バッドフィンガーはメンバー2人が自殺)バイオグラフィーも奇妙に似ている。

惜しむらくはせっかくこれだけのレア・トラックスを収録するのであれば、アレックス・チルトンのあまりに美しすぎる未発表ソロ曲「The EMI Song(Smile For Me)」は外してほしくなかったな、ということ。この曲はアレックス・チルトンの未発表音源集「1970」が初出なのだけれど、これは既に廃盤で入手困難なので、興味のある方は去年リリースされた「Thank You Friends:The Ardent Records Story」というアーデント・レコードのオムニバス盤で聴くことができます。2枚組で少々お高いですが、先のアイスウォーターの「All I See Is You」も収録されており、この2曲だけでも買ってよかったと思えます(笑)。さらには1分足らずの収録時間ではあるけど、僕のようなビーチ・ボーイズ・マニアなら悶え死に必至の(笑)アレックス・チルトンによる「Don't Worry Baby」のカヴァーなんてものまで収録されているからお買い得。

「Keep An Eye On The Sky」ビッグ・スター

JUGEMテーマ:音楽
 

先月リリースされたリマスター、ボックスと言えば巷ではビートルズで盛り上がっていたけど、我々ビッグ・スター・マニアは完全にこっちでしたね。以前ブログで中日ドラゴンズの日本一を見ることができたのでもういつ死んでも構わない、と書いたけど、このボックス・セットがリリースされるというニュースを聞いてからと言うもの、これを聴くまでは死ねないな、と思ったくらいで(笑)。

しかしさすがはライノ。やってくれる。何よりアーティストに対する愛情が感じられるボックスになっているのがいい。まさに「愛蔵版」と言うべきか。一応ビッグ・スターが残した3枚のアルバムの全ての曲がそのままの曲順で収録(一部ミックス違いを含む)されているので、初心者でもアーティストの歴史を俯瞰できるベスト盤(というかコンプリート盤)の趣もあるのだけれど、初心者がいきなり一万円近くもする4枚組のボックスに手を出すとも思えないので(笑)、やはりマニア向けのアイテムということになるのだろう。普通ボックスというと複数のCDを収納できるように縦に細長い長方形の箱型タイプが多いのだけれど、あれはCDラックに収納しにくいし、何よりデザインが悪い(昔の8cmCDシングルの醜悪な細長いパッケージを思い出す)。今回のこのボックスは7インチのアナログ盤のサイズで、ゲート・フォールド・スリーヴに4枚のCDが収納されている、というもの。この装丁はまさに目からウロコで、レコード・コレクターにとっては馴染み深くて愛着のあるサイズだし、何よりCDラックに収納しやすくていい。

100ページにも及ぶブックレットもレア写真が満載で読み応えタップリである。学生の頃に英語の勉強をしていて良かった、とつくづく思う(笑)。

さて肝心の音源の方だが、デモ・ヴァージョンやミックス違い、貴重なライヴ音源などマニアなら萌えない訳がない(笑)音源が多数収録されているのだけれど、クリス・ベルがビッグ・スター結成前に組んでいたバンド・アイスウォーターやロックシティの曲なんかはアーデント・レコードのオムニバス盤で既発表のもので、熱心なファンなら既に聴いているだろうし、完全な未発表曲というのは少ない。それでもアイスウォーターのdisc1-2「All I See Is You」はここで初めてこの曲を聴く人にはこれだけでもこのボックスを買った価値がある、と思わせるくらいの名曲だろうし、disc1-23「Country Morn」は1stに収録の「Watch The Sunrise」の歌詞違いヴァージョンなのだけど、オリジナル・ヴァージョンではアレックス・チルトンのヴォーカルだったものがクリス・ベルのヴォーカルになっていて興味深い。逆にクリス・ベルのソロ・アルバム収録曲として馴染み深いdisc1-24「I Got Kinda Lost」やdisc2-1「There Was A Light」はクリス脱退後の2ndアルバム「Radio City」のデモとしてアレックス・チルトンがヴォーカルを執っているもので、これまた新たな発見と言える(この2曲はdisc4のライヴ(クリスは不在)でも演奏されている)。

disc4のライヴ音源には、Tレックスやキンクスのいかにもなカヴァーの他にちょっと意外なトッド・ラングレンの「S.L.U.T」のカヴァーも収録されている。この曲は91年のポウジーズとの再結成ライヴ盤でも演奏されていて、当時はポウジーズの2人の趣味かな?と思っていたのだけれど、ビッグ・スターの古くからのレパートリーだったのですね。知らなかった。

ビッグ・スターというバンドはカルト・ヒーローでありパワーポップ・イコンであるアレックス・チルトンが率いたバンドである。その一般認識に間違いはないだろう。2ndが持つ生命力漲る力強さと、3rdが持つその対極としての(あるいはそれが内包する)あまりに美しすぎるデカダンスは、アレックス・チルトンの持つカリズマ性に他ならない。しかしそれゆえ、こうしてこのボックスセットを聴くにつけ浮き彫りになるのは1stの持つピュアネスである。何とも威勢のいい名前を持つバンド(ビッグ・スター)がリリースした何とも威勢のいいタイトルのデビュー・アルバム(No.1レコード)は、実際に聴いてみればそれがはったりではないことが分かる。そしてそこにあるのはクリス・ベルというミュージシャンの存在感の大きさである。

このボックスセットの後にはクリス・ベルのソロ作「I Am The Cosmos」の同じく未発表曲などを収録したデラックス・エディションがリリースされるという。まだまだ死ぬ訳にはいかないのである(笑)。

Life Goes Off


「インシグニフィカンス」ジム・オルーク

JUGEMテーマ:音楽
僕ももう40前のいい歳こいたオッサンなんで(笑)、人生ロスタイムである。でもロスタイムに突入したから焦る、というのは人生負け組前提の話な訳で、人生勝ち組ならば、老いさらばえる前に死にたい、トーキンバウマイジェーネレイションとか、消え行くくらいなら燃え尽きる方がマシだ、ヘイヘイ、マイマイとか言うこともできる。しかし前にも書いたと思うけど、僕は自分では人生引き分け組くらいに思っているので(笑)、もうロスタイムに突入はしたのだけれどこれから延長戦に入って決着着けられるかなあ、くらいに思って生きている(笑)。

こと音楽に関しては、もうこの歳にもなると(笑)、そうは新しい発見なんてない。と、思っていた。ところが本当に久しぶりに魂を揺さぶられる音楽に出会ったので少し。

ジム・オルークと言うと、くるりの「図鑑」をプロデュースしていた、ソニック・ユースにメンバーとして加入した、オルタナ・カントリーのウィルコをプロデュースした(そして古いファンにひんしゅくを買った(笑))、シカゴ音響系とつるんでピコピコエレクトロニカをやっていた、など、聴きもしないで断片的な情報のみで勝手なイメージを作っていたんだけれど、実際に聴いてみて驚いてしまった。で、なぜ今までこんな素晴らしいものを聴かずにいたのかと後悔するいつものパターン(笑)。

実際に聴いてみようと思ったきっかけは、やはり待ち望んでいたジュディ・シルのCD再発にジム・オルークの名前を発見(未発表アルバムのミックスを担当)したことと、最近自分の中で再びショーン・オヘイガン〜ハイ・ラマズ熱が高まってきていて(知らないうちに癒しを求めているのかもしれない)、でも寡作な人なので(笑)もっとそっち系の音を聴きたい、と求めていたところでつながりのあるジム・オルークのアルバムに手を出してみたのである。

僕が基本的に好きなミュージシャンというのは邦楽で言えば大滝詠一、山下達郎、小山田圭吾&小沢健二、キリンジ、洋楽で言えばトッド・ラングレン、ロイ・ウッド、アンディ・パートリッジ(XTC)、先のショーン・オヘイガンなど、簡単に言うとミュージシャンである以前に自身が熱烈な音楽マニアで、自分の音楽趣味を消化し吐き出すような音楽活動をしているスタジオおたくミュージシャン、ということになる。ジム・オルークという人もまさにそういうタイプの人種である。あとやはり似てるな、と思わざるをえないのは、いわゆるネオアコ系の人達だろう。ショーン・オヘイガンだって元はと言えばマイクロディズニーだし、ジム・オルークの日本映画のサントラまで担当してしまう日本贔屓なんかはモーマスを思い出さずにはいられないし(この2人のミュージシャンはカヒミ・カリィつながりでもある(笑))。

で、ライナーノーツなんか読むとバート・バカラック(カヴァーもしている)だのジャック・ニッチェだのヴァン・ダイク・パークス(何でもジムはパークスのシングル音源再発の為に腐心したんだそうで。まさにフィル・スペクター音源の再発に音楽生命を懸けていた山下達郎と同じではないか(笑))だの、エンニオ・モリコーネだの、僕みたいなポップスおたくのオッサン(笑)が嬉しくなるようなキーワードがバンバン登場するんだが、正直そういうのはもういちいち説明してもらわなくて結構、聴けば全て分かりますわ、という気持ちではある(笑)。

確かにブラスの使い方なんかはバカラック風でもあり、エンニオ・モリコーネ風(ショーン・オヘイガンもそう)でもあるんだけど、やっぱりペイル・ファウンテンズ風でもあったりして(笑)。

で、そういうポップおたく的側面からジムの音楽に惹かれたのは間違いないんだけど、何より僕が惹かれてしまったのはジムの演ってる音楽は全く「閉じて」いないのである。このテの趣味の世界の箱庭的なオタク系音楽というのは得てして閉鎖的で暑苦しいものなんだが(笑)、彼の作り出す音というのは外に向かって開かれている。閉塞感というものがまるでない。外の世界とコミットしようとしている。そこが素晴らしい。そうした音楽性の延長にソニック・ユースへの加入だとか、ウィルコのプロデュースなんかがあったのだと思う。

もうひとつ僕にとって重要だったのは、やはりエリオット・スミス亡き後の喪失感を埋めてくれたことか。前にもブログに書いたがバッドリー・ドローン・ボーイが頑張ってくれてはいたのだけれど、正直アメリカのオルタナティヴ系はもういいかな、と思い始めていたのである。それだけに嬉しい。先のウィルコも含めてこの辺のミュージシャンたちはみなビッグ・スター〜アレックス・チルトンつながりでもあるんだけれど、ジムのそういうところも好み。これが同じアメリカのアングラ系でもルー・リードの影響が色濃い方に行っちゃうと僕のちょっと苦手なタイプな音になるんだけど(笑)。

この「インシグニフィカンス」はポップとアヴァンギャルドが絶妙に交錯する傑作である前作「ユリイカ」よりは幾分「ロック」的である。オープニングナンバーでは、めまいがするほどカッコいいグルーヴを持ったギターのリフに導かれて、例によって囁くように、ジムはこう歌い出す。

「僕の言うことなんか信じちゃいけないよ」

極論すればおよそ全てのロックミュージシャンというものは、ロックミュージックを生業としている以上、何らかの伝えるべきメッセージがあって作品を作っているはずである。それゆえ、ジム・オルークのこの肩の力の抜け方というのは、面白い。あるいはメッセージだけは随分と大層なものだけど肝心の音楽の方が情けなくて全く伝わるものがない凡百のロックミュージシャンに対する皮肉のようでもあり。

先述したように、僕がジム・オルークを聴くきっかけとなったショーン・オヘイガンの音楽は、僕にとっては万能なヒーリング・ミュージックであるのだけれど、ジム・オルークの音楽もまた同じなのだ、と言ったら、ファンの人たちからは全否定されてしまうのだろうか?(笑)

エリオット・スミス「ニュー・ムーン」



ああ、今日もイッツ・ビーンナ・ハーデイズ・ナイトだったなあ。犬のように働いたよ。丸太のように眠らなくちゃ。故エリオット・スミスの未発表音源を収録した2枚組アルバム「ニュー・ムーン」は、そんな疲弊しきった36歳の中年男には最適のアルバムである。死者から届いた二通目の(そしておそらくは最後の)手紙である。

前回のアルバム「Basement On The Hill」は「急逝したときにレコーディング中だった未完成に終わったアルバムのデモ音源集」であり、それ以上でもそれ以下でもない、という内容のアルバムだった。それゆえ熱狂的なファンが求めているからとはいえ、亡くなったアーティストの未発表音源が、当たり前だが、本人に断りも無くこうした形で世に出るということには考えさせられるものがあった。そんなこともあって正直あまり期待をせずに複雑な思いを抱いて聴いた今回の「ニュー・ムーン」だったが、これが久しぶりに、きた。特に2枚組の一枚目のクオリティの高さと内容の濃さは、彼が過去に残したどのレギュラー・アルバムにもヒケを取らない。デモ音源のため音質に難のある曲も多いのだが、もともとがアコギの弾き語りという作風が中心のアーティストであり、音質の悪さはこのアルバムの価値をいささかも毀損するものではない。

ブックレットに収められた、KISSのアルバムを手に笑っているエリオットの幼い頃の写真が胸を打つ。そういう世代なんだよな(彼は生きていれば僕より1つ上だ)。子供の頃に従兄弟の家に遊びに行ったとき、部屋に貼ってあったジーン・シモンズのポスターが恐かったことを思い出した。

1枚目のラストに以前もブログに書いたビッグ・スター〜アレックス・チルトンのカヴァー曲「サーティーン」が収録されていて、曲にあわせてつい口ずさんでしまった。

「君のパパに僕たちのことに口出しするのをやめるよう言ってくれよ/「黒く塗れ」について語り合ったことを彼に言ってやりなよ/今はロックン・ロールの時代なんだよ、と/こっちにおいでよ/ここなら2人だけだよ」

口ずさんでいたら、いつもとは明らかに温度の違う熱いものが、目の奥の方から溢れ出てきた。やはりかなり疲れているな。

エリオット・スミス関連過去記事1

エリオット・スミス関連過去記事2

エリオット・スミス関連過去記事3



僕がくるりというバンドの存在を知ったのは、TVのCMで流れていた「春風」を聴いたのがきっかけだった。「春風」は露骨なくらいにはっぴいえんどの影響が色濃い佳曲だった。あれから7年が経って、本作の先行シングル「ジュビリー」で彼らはついに「春風」を超える名曲を産み落としたのだな、と思った。

前作「NIKKI」はくるりがティーンエイジ・ファンクラブになっちゃった(「ハウディ」の頃のソフト・ロック寄りだった頃のTFC)、という趣のアルバムだったのだが、今回のアルバムはその「歌モノへの回帰」路線を踏襲した末に辿り着いた高み、とでも言うべきか。奇をてらうのが芸風だった感さえあるくるりが、こんな風に原点回帰を見せてくれたのは嬉しい。

くるり関連過去記事1

くるり関連過去記事2

くるり関連過去記事3

ヘンスキー&イエスター「フェアウェル・アルデバラン」



以前レヴューしたカート・ベッチャー〜ミレニアムやアレックス・チルトン〜ビッグ・スターあたりは昨今の再評価によって、前者はソフト・ロックの、後者はパワー・ポップの定番アーティストとして広く認知されるようにまでなった。長年彼らのファンをやっている人間としては嬉しい限りである。しかし素晴らしい作品を残しているにも関わらず残念ながらいまだに世間での認知度がいまいち、というアーティストはもちろん他にもいて、今回紹介するジェリー・イエスターという人もその一人である。僕のレヴューを読んで頂いている方にはお分かりかと思うが、僕の音楽趣味というのは変態的と言ってもいいほど(笑)マイノリティに属するものが多いので、実は自信を持って他人に薦められるアルバムというのはほとんどない(笑)。しかしこのジェリー・イエスターが残した「フェアウェル・アルデバラン」というアルバムは、ミレニアムの「ビギン」やビッグ・スターの「レイディオ・シティ」同様、多くの人に自信を持って薦めることのできる普遍的な素晴らしさを持ったアルバムだと思う。

「フェアウェル・アルデバラン」は当時ジェリー・イエスターの奥さんであった女性シンガー、ジュディ・ヘンスキーとの共同名義で69年に発表された。フランク・ザッパの主宰する「Straight Records」からのリリースだった。ジェリー・イエスターという人は元々はフォーク・ロック・ユニットであるMFQ(モダン・フォーク・カルテット)のメンバーであり、その後ラヴィン・スプーンフルに加入。同時期には兄のジム・イエスターが所属するソフト・ロック・グループ、アソシエイションのプロデュースなども手がけている。ラヴィン・スプーンフル解散後に自身のソロ・ユニットを経てプロデューサーとして成功。数多くの名盤に彼の名前がクレジットされている。有名なところをざっと挙げるとフィフス・アヴェニュー・バンドの同名アルバム、ティム・バックリイの「グッバイ・アンド・ハロー」、トム・ウェイツの「クロージング・タイム」などである。また山下達郎のソロ・デビュー作「サーカス・タウン」にもアレンジャーとして参加している。

こういう素晴らしいアルバムを文章で説明するのは非常に難しいのでバイオグラフィを書いて逃げさせてもらったが(笑)、ティム・バックリイの演っていたようなサイケ、アシッド・フォークあたりが音楽性としては近いかもしれない。と言っても決してとっつきにくい音楽ではなく、もの哀しくも美しい歌メロとコーラスを重厚な管弦楽器のアンサンブルで装飾した非常に聴きやすい音楽である。ただし、フィフス・アヴェニュー・バンドやラヴィン・スプーンフルの名前を見て優しくあたたかいのどかなグッド・タイム・ミュージックを連想して聴くと痛い目に遭うかもしれない(笑)。そもそもジェリー・イエスターが加入したラヴィン・スプーンフルのラスト・アルバム「エヴリシング・プレイイング」などは、「魔法を信じるかい?」や「デイドリーム」を好きな初期のファンには「ジェリー・イエスターのオーヴァー・プロデュース・アルバム」として酷評されることが多いのだから。その「エヴリシング・プレイイング」にジェリー・イエスターの曲が2曲収録されているのだが、一言で言えばこの「フェアウェル・アルデバラン」というアルバムはその2曲の発展型である。

その後ジェリー・イエスターは71年にRosebudというユニット(メンバーは他にジュディ・ヘンスキー、後に西海岸の名うてのセッション・ミュージシャンとして知られることとなるクレイグ・ダーギーら)名義で1枚アルバムを残しているが、こちらも「フェアウェル・アルデバラン」に勝るとも劣らない名盤である。

ビッグ・スター「No.1レコード/レイディオ・シティ」



僕が「アレックス・チルトン」というアーティストの名前を知ったのは大学に入学した年のことだから1989年のことだ。以前ブログに書いた当時所属していた音楽サークルの先輩たちが教えてくれたのがそのアレックス・チルトン率いるビッグ・スターの「サード・アルバム」だった。当時の先輩たちが好んで聴いていた音楽はルー・リード、タイニー・ティム、キャプテン・ビーフハート、フランク・ザッパ、ジョナサン・リッチマン、ダニエル・ジョンストンなどドラッグからの影響が色濃いアングラでアヴァンギャルドでエキセントリックでダウンでアシッドな音楽だった。そういう文脈で聴いたビッグ・スターの「サード」は、今以上に3分間のポップソング好きだった当時の僕には全くもって理解に苦しむ音楽だった(笑)。「Jesus Christ」など一部にキャッチーなメロディの曲もあったのだが、そのほとんどが眠くなったり苛立たったり(「悪ふざけ」にすら聞こえた)するようなものだった。

そんなある日、サークルの部室で先輩が聴いていた曲に僕はつい耳を奪われてしまった。「何ですか?これ」「ビッグ・スターの『September Gurls』。お前苦手なんだよな(笑)」「これがあのビッグ・スターの曲ですか?イメージ全然違う。すごいいい曲じゃないですか!」その日のうちに僕は外盤屋に行ってビッグ・スターの1st「No.1レコード」と2nd「レイディオ・シティ」の2in1CDを購入し、その内容のあまりの素晴らしさと先に聴いていた「サード」との音楽性の違いに引っくり返ってしまったのだった。

89年当時にもREMやリプレイスメンツ、オレンジ・ジュースやディス・モータル・コイルなどオルタナテイヴ、カレッジ系の若いバンドでアレックス・チルトン〜ビッグ・スターにリスペクトを表明していたバンドはいたのだけれど、彼ら自身の音楽性そのものはあまりビッグ・スターの影響は見られないもので、やはりビッグ・スター再評価の契機となったのはその後に登場したティーンエイジ・ファンクラブ(傑作「バンドワゴネスク」はほとんどもろアレックス・チルトンの節回しで「モノマネか」って曲もある)やポウジーズ(のちにアレックス・チルトンとビッグ・スターを再結成することになるバンド)、ジゴロ・アンツやマシュー・スウィートなどの「90年代パワー・ポップ」系のアーティストによるところが大きいだろう。

ビッグ・スターの2nd「レイディオ・シティ」に収録された「September Gurls」はバッドフィンガー「嵐の恋」やラズベリーズ「Go All The Way」、パイロット「January」と並ぶパワー・ポップの歴史に残る名曲。

参考までに過去に僕がブログで書いたアレックス・チルトンについての記事を貼っておきます↓

アレックス・チルトンについて

故エリオット・スミスの「サーティーン」のカヴァーはその後リリースされた「Thumbsucker」という映画のサントラで聴くことができました。泣けるねえ。

ビッグ・スターの1st「No.1レコード」(電飾のジャケットが今やパワーポップの代名詞というくらい有名らしい)は、双頭バンドであるビッグ・スターのもう一方の人物クリス・ベルの存在が大きなアルバムである。彼は1stアルバムのみでビッグ・スターを脱退してしまった為、2nd「レイディオ・シティ」と聴き比べると彼の存在の大きさが分かる。クリス・ベルが残した唯一のソロ・アルバム「I Am The Cosmos」は、彼が交通事故で亡くなる直前に録音されたというボーナス・トラックも含めて、涙なしでは聴けない名作なのだがこのアルバムについては、またの機会に。

久しぶりに音楽ネタ。

最近良かったアルバム。

・バッドリー・ドローン・ボーイ
「One PLus One Is One」
”This record is dedicated to Elliot Smith”のクレジットに涙した(詳細03年12月9日付日記参照)。エリオット・スミス亡き後は君に任せた。

・マット・シャープ
「Matt Sharp」
前にも書いたが僕はウィーザー関連の音源なら何でもOK,という人間なので無条件に聴いたマットの初ソロ。レンタルズのような音を予想してたら意表をついてアシッドでダウンでフォーキーな音。否が応でもアレックス・チルトンやティム・バックレイ、ニック・ドレイクといった偉大なる先人たちを想起させる名盤。

・ウィーザー
「Video Capture Device」(DVD)
ウィーザーのデビューからのプロモVやレコーディング風景、ライヴ映像など貴重な映像を多数収録した「裏DVD」。個人的には「スマイル」の頃のブライアン・ウィルソンみたいな髭面のリヴァース・クオモがグッド。

・ウィーザー
「Deluxe Edition」
ウィーザーの「ブルー・アルバム」こと名盤デビュー作にシングルB面曲や未発表音源を追加収録した2枚組。純粋に初耳の曲はたったの3曲のみだが(笑)。

・ティーンエイジ・ファンクラブ&ジャド・フェア
「Words Of Wisdom & Hope」
リリースは02年だがティーンエイジ・ファンクラブの純粋なオリジナル・アルバムではないので未聴だった作品。しかしこのアルバムを聴かずに今まで過ごしてきたことを今猛烈に後悔してます(笑)。至福の名盤。音的にはヨ・ラ・テンゴ(TFCがカヴァーしたヨ・ラ・テンゴの「I Heard You Looking」は感動的な名演)のようなヴェルヴェット・アンダーグラウンド(及びそのフォロワー)好きな人なら絶対に気に入るであろうローファイ・サウンド。

・トミー・キーン
「The Merry-Go-Round Broke Down」
こちらも02年作品。前作「Isolation Party」があまりに素晴らしかったので、聴く前からもういいのは分かってたのだが。その期待を更に上回る名盤。トミーはこの作品発表時42歳。42歳のオヤジがこういうアルバムを作った、というのがもう奇跡である。

・キリンジ
「You And Me」
元ネタは初期のトッド・ラングレン(「Something/Anything」や「The Ballad Of」の頃の)あたりか。フル・アルバムが待ち遠しくなる新曲。

下から続く。

競馬以外のネタ。ノゲイラがミルコに勝った試合は地上波の録画放送で見たので結果を知っていたにも関わらず、もう涙が溢れて止まらなかった。そうだよな、いまミルコに勝てるのはノゲイラしかいなかったんだよな、と。ちなみにヒョードル戦で判定負けした試合、最終Rゴング後の「王者は全てを悟ってしまった!」は三宅アナ一世一代の名実況だと思う。

先日大好きなミュージシャンであるエリオット・スミスが亡くなった。享年34歳。僕はよく彼の歌をひどく落ち込んだ時に聴いた。それは彼の歌に励ましてほしかったからでも、慰めてほしかったからでもなく、ひどく落ち込んだ時にただそばにいてほしかったからである。音楽というものにそのような効能があることを15年も音楽を聴いてきて初めて知った。そしてそれを知らせてくれたエリオット・スミスに心から感謝した。

ある日たまたま聴いていたFMから流れてきた曲に「あ、エリオット・スミスの新曲かな」と思っていたらラジオのDJは「バッドリードローンボーイ」という耳慣れない名前を口にした。そこで僕は早速このバッドリードローンボーイなるアーティストのアルバムを買って聴いた。代用品でもかまわない、それくらい僕はエリオット・スミスの新譜を待ちわびていたのだ。バッドリードローンボーイは悪くないミュージシャンだった。でも(当たり前の話だけれど)エリオット・スミスの代わりにはなれない。

以前雑誌か何かでエリオット・スミスがアレックス・チルトンの「サーティーン」をライヴのレパートリーにしている、というのを読んで(あまりに選曲が「ハマっている」ので)来日したら生で聴きたいな、と思っていたのだけれど、それももう叶わぬ夢となってしまった。

心よりご冥福をお祈りします。

メリー・クリスマス。

クリスマスですね。つい「アイル・ハヴァ・ブル〜・クリスマス・ウィザウト・ユ〜」と口ずさんでしまいますが、クリスマスに聴くレコードと言えばその「ブルー・クリスマス」も収録されているビーチ・ボーイズの「クリスマス・アルバム」が我が家の定番です。もちろん御大・山下達郎の「シーズンズ・グリーティングズ」もいい。

他に個人的に欠かせないのが、アレックス・チルトンの「クリシェ」。「クリスマス・ソング」(そう言えば竹内”聖母”まりや様もこの曲カバーしてたな)が入ってるからだが、アコギ1本の弾き語りによるブルージー&ジャジーな歌を聴いてると「ケッ、女が何だよ」という気分になってきて精神衛生上よい。ホント、カッコイイ。

あとは元モダン・フォーク・カルテットのジェリー・イエスターが夫婦でやっていたユニット「ヘンスキー&イエスター」の「フェアウェル・アルデバラン」。クリスマスにちなんだアルバムではないが「セント・ニコラス(=サンタクロース)・ホール」なんて曲もあるし、教会音楽さえ想起させる静ひつはこの時期にはピッタリだ。この夫婦のもう1枚のアルバム「ローズバド」ももちろんいい(僕がロゼカラーの仔の名前がローズバドだと聞いて最初に思い出したのがこのレコードのことである)。

さて、昨日の有馬記念について色んなとこで色んなことが言われてるが、無論僕もショックではあった。でも今日にはもう何事もなかったかのように「名古屋グランプリ」を見てたし(ミツアキサイレンスおめでとう。豊ハギノハイグレイドもあれは展開のアヤで乗り違いではない)、住之江の山崎智也フライング返還に一喜一憂してたりする自分がいる。既に気持ちは東京大賞典と金杯だ。

ひとつだけ言うべきことがあるとすれば、やはり中山の馬場が妙な内伸び馬場になっていたこと。例えばマイル(確かに内枠有利なコースだが)では今開催行われた13レース中、何と半分近い6レースで馬番1番枠の馬が連絡みしていた。Mの今井師は再三「テイエムが負けるのは、内伸び馬場で内枠の馬に足をすくわれた時」と言っていたが、まさにそのとおりだった訳である。

以下続く。

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