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Sunken Condos/Donald Fagen

 
前作「Morph The Cat」から6年ぶりとなる本作「Sunken Condos」を最初に聴いたときの感想は「そうそう、これだよ、これ。これを早く聴きたかったのよ」というものだった。ドナルド・フェイゲン自身はソロとしての過去3作「The Nightfly」〜「Kamakiriad」〜「Morph The Cat」をトリロジー(三部作)と位置付けているようだが、我々スティーリー・ダンのファンにとってはダンの最高傑作「Aja」と同じサウンド・コンセプトで制作された「Gaucho」、「The Nightfly」こそが三部作と呼ぶべきもので、良く言えば本作はその頃に戻ったような、悪く言えば過去作の焼き直しのような印象を受ける(多くの熱心なファンは「この曲のピアノはあの曲」とか「この曲のブラス・アレンジはあの曲」とか元ネタ探しに余念がないだろう)。前にも書いたと思うけど、個人的には僕は「下手に冒険されるくらいなら拡大再生産してくれた方がいい」というタイプの人間なので(笑)、本作の方向性は大歓迎。本作に至るまでのフェイゲン関連の作品、すなわち「The Nightfly」とはガラリと方向転換してリズムに傾倒した「Kamakiriad」、スティーリー・ダンを再結成してグラミー賞まで獲った「Two Against Nature」〜「Everything Must Go」、父の死がテーマだった「Morph The Cat」は、それぞれに聴けば聴くほど味わい深い素晴らしい作品ばかり(ここにウォルター・ベッカーのソロ2作品を加えてもいい)だったけれど、「Aja」〜「Gaucho」〜「The Nightfly」三部作とは明らかに異なる方向性を持つアルバムばかりだった(それはあくまでサウンド・コンセプトの違いであって、よく言われるような「才能の枯渇」といった類のものでは断じてない)。それだけに本作の「あの頃に戻った感」がこの上なく嬉しい。

本作を「The Nightfly」のよう、と思わせる要因の一つにカヴァー曲が収録されている、ということがある(アイザック・ヘイズの「Out Of The Ghetto」。「The Nightfly」ではドリフターズの「Ruby Baby」をカヴァーしていた)。アイザック・ヘイズのカヴァー自体はフェイゲンの趣味を考えればいかにも、というものなのだけれど、選曲が60年代後半〜70年代前半のヘイズの黄金期からのチョイスではなくて70年代後半のディスコ期の曲、というのが首を傾げたくなるのだが、どうやらフェイゲンはこの曲の歌詞が気に入っているらしい。

「俺はお前をゲットー(貧民街)から連れ出した/でもお前の中からゲットーを取り除くことはできなかった」(Out Of The Ghetto)

とてもシンプルなのに深い。ブラック・ミュージシャンのメッセージ性にはいつもドキリとさせられる。ちなみに原曲に興味がある人にはこの曲が収録されているアイザック・ヘイズ「New Horizon」の2011年リマスター盤をオススメします。マシュー・コブ氏の「いかにバリー・ホワイトがアイザック・ヘイズをパクったか?」という私怨丸出し(笑)の長文のライナーノーツが大変面白くて読みごたえがあるので。

歌詞で言うならフェイゲンのオリジナル曲の歌詞もいい。父の死がテーマということでどうしても重苦しくならざるをえなかった前作とは一転して、これも「The Nightfly」の頃のハードボイルドなダンディズムが戻ってきているように思う。自分の彼女が若い男(the new breed)とデキて出て行ってしまう「The New Breed」なんかはまるで「Hey Nineteen」(19歳の女の子をナンパするオヤジの歌(笑))の後日談のようでもあるし、「君がいなくなって生まれ変わった」と強がる男の歌「I'm Not The Same Without You」もいかにもフェイゲンらしくて面白い。本作のマテリアルのいくつかはもともとスティーリー・ダンの新作のためにウォルター・ベッカーの元に持ち込んだのだけれど、ベッカーから「詞の内容があまりにパーソナルだからソロにした方がいい」と提案された、という裏話があるようだが、なるほど、と思わせる歌詞の世界観になっている。あとジャケット・デザイン(海に沈んだコンドミニアム)からは環境破壊の進んだ近未来を連想したりもするのだが、そんなこちらの安易な想像を見透かしたかのようにフェイゲンはこう歌う。

「Mr.ゴアの言うように/世界中の異常気象は修復可能なのかもしれないが/そんなことより俺の頭の中の天気を何とかしてくれよ」(Weather In My Head)

この「Weather In My Head」なんか聴いていると思うのだけれど、スティーリー・ダンやフェイゲンの曲の多くはシンプルなブルーズなのに全くもって泥臭さみたいなものが感じられなくて、洒脱で洗練されている。僕はエリック・クラプトンでさえあまり好んで聴かない(笑)人間だし、トッド・ラングレンが2011年にリリースしたロバート・ジョンソンのカヴァー集も、トッドのやることには大抵寛容であるトッド・フリークの僕でさえ正直しんどかった(笑)のだけれど、フェイゲンのブルーズは抵抗なく聴くことができる。昨年出版されたダンの研究本「スティーリー・ダン〜Aja作曲術と作詞法」(ドン・ブライハウプト著)の中にも「ブルーズはポップ・ミュージックのもっとも重要な成分だ」というフェイゲンの言葉が登場する。これ以外にも多くの金言・格言が登場するこの研究本は、スティーリー・ダン・マニアならきっと楽しめる内容になっているので、フェイゲン最新作と併せて読むことをオススメします。ブライハウプト氏の「ラリー・カールトンの全作品をひっくり返してみても、記憶に残るという点では、スティーリー・ダンの<滅びゆく英雄>で弾いたソロに匹敵するプレイは見つからないのだ」というカールトンに関する記述については、言いたいことは分かるが少々言い過ぎではないか(笑)という気がしないでもないけど。自分は「夜の彷徨」を始めとするカールトンの諸作も割と好きなんで(笑)。



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