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「友に捧げる唄」ジョン・マーク

JUGEMテーマ:音楽



マーク=アーモンドは70年代初めにトミー・リピューマの主宰するレーベル「ブルー・サム」よりデビューしたジョン・「マーク」とジョニー・「アーモンド」を中心とするバンドである。ブルー・サムだからダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックスやクルセイダーズがレーベル・メイトになる訳だが、件のニック・デカロの「イタリアン・グラフィティ」もまたブルー・サムからのリリースだった(ジャケを見返してみると確かにレーベルロゴの青い拇印が押してある)。彼らの2ndアルバム「マーク=アーモンド供廚賄然のようにトミー・リピューマのプロデュースによるものなのだが、意外とトミー・リピューマ色は薄い。時折思い出したようにジャズ風のインプロヴィゼーションが挿入されるのだけれど、これくらいのことは当時のプログレ・バンドは誰もがやっていたことで意外性はない。ジャズっぽいか、というと確かにビリー・ホリデイやサラ・ヴォーンのような古いジャズ・ヴォーカルみたいな雰囲気はある。でもやはり説明の難しい音楽ですね(笑)。「AORの先駆け」なんて評もあるようだが、確かに後のアラン・パーソンズ・プロジェクトあたりはこのマーク=アーモンドの影響をかなり受けているはずだ。

マーク=アーモンドのバイオグラフィを見ると、ジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズに在籍していたとか、マリアンヌ・フェイスフルのアルバムをプロデュースしていたとか、エンジニア&プロデューサーがブルース・ボトニックだとか、そのバイオから連想されるのはエリック・クラプトンやミック・ジャガーやジム・モリスンといった当時のロックのメインストリームの(少々コワモテな)ビッグネームたちである。しかしその音楽性はこうしたビッグネームたちが演っていた音楽とは似ても似つかない。そのバイオにおいて最も妥当と思われるのは、ジョン・マークがキャット・スティーヴンスのバンドのギタリスト、アラン・デイヴィスとジョン&アランというユニットを組んでいた、ということくらいか。

彼らの音楽性を最もよく表しているのは、3rdアルバム「復活」の冒頭に収録された曲「マンデイ・ブルーソング」だろう。まるでエンニオ・モリコーネの映画音楽を思わせるようなジョニー・アーモンドによる哀しげなフルートとトランペット(キング・クリムゾンの「アイランド」でのメル・コリンズの名演をちょっと想起させる)の長いイントロに続いてジョン・マーク独特のしわがれたウィスパリング・ヴォイスが詠い始めるその歌詞はこうだ。

「マンデイ・ブルー。それが彼女の名前だった」

これがアルバムのオープニング曲なんである(笑)。うーん、シビれる(笑)。このジョン・マークという人の書く曲というのは、その弾き語りが中心のフォーク調の作風といい、人名や地名など固有名詞が多く使われる歌詞の着想といい、歌詞を読んだだけですぐにその情景を思い浮かべることのできる叙情性(リリシズム)といい、僕の大好きなジム・ウェッブを思い起こさせるところがあって、そこがまたいい。

この「友に捧げる唄」はジョン・マークが75年に発表したソロ・アルバム。「友に捧げる唄」と言ってもキャロル・キングの「君の友達」のようなのどかな友情賛歌ではない。原題は「Songs For A Friend/Bird With A Broken Wing Suite」とある。直訳すると「一揃いの折れた翼を持つ鳥」となる。インナー・スリーヴのジョンのコメントにはこう書かれている。

「僕が『一揃いの折れた翼を持つ鳥』と呼んでいたこのコレクションの中に、君たちが「君たち自身」の一部を見つけてくれるようなことがあればいいな、と思う」

収録曲「影とひとりぼっち」の歌詞を読めばジョンが歌う「友達」の意味が分かる。

「僕は一人ぼっちで僕の影と一緒に座っている。今となっては影だけが僕のたった一人の友達なんだ」

またジョンは家族についての歌も多く歌っているのだが、これも全然アットホームではない。マーク=アーモンドの「復活」の収録曲「不死鳥」にはこんな歌詞が登場する。

「お父さん、許してください。あなたの息子はふたたび死のうとしているのです」

そして「友に捧げる歌」の収録曲「Old People's Homes」の歌詞はこうである。

「私たちだってあなたをそこへ送り込みたくはないのだけどわかってほしいのよ/ジムの今の給料ではどうしようもないの/「毎週会いに来るから」と彼らは言った/しかしいくら待てども彼らはやって来ない/「さよなら、パパ、ママ。離れていても愛しているよ。これは誠実な気持ちでしたことなんだ。誠実に。心を込めて」

そう、「Old People's Homes」とはそのままズバリ「老人ホーム」についての歌である。およそポピュラー・ソングの歴史において、老人ホームをテーマにした曲などあっただろうか?(笑)

この「友に捧げる唄」の紙ジャケ再発のライナーノーツには渚十吾なる人物のいささか情緒過多でポエティックに過ぎる解説が寄せられているのだけれど、この独特の文体にはどこか見覚えがあるな、と思っていたら日本の再発レーベルの良心マスクラット・レコードからこちらも先頃めでたく再発となったオハイオ・ノックス(元フィフス・アヴェニュー・バンドのピーター・ゴールウェイのソロ・プロジェクト)の解説を書いているのもこの人だった。たしかに「弾き語りが中心のシンガーソングライター」というざっぱくな意味においては共通点がない訳でもないが、マーク=アーモンドとピーター・ゴールウェイではもうOSが違う、という感じがする。まあブリティッシュかアメリカンか、という根本的な差異がある訳だけど。

その後マーク=アーモンドは78年にふたたびトミー・リピューマのレーベル「ホライズン」からリピューマ・プロデュースによりアルバム「アザー・ピープルズ・ルーム」を発表するのだが、ここにはマイケル・フランクスの名曲「ヴィヴァルディーズ・ソング」のあまりに美しすぎるカヴァーが収められている。実はこの曲はリピューマがマーク=アーモンドに歌わせるためにフランクスに発注したのではないか?って思うくらい(笑)。

しかしマーク=アーモンドには、ここ1年くらい続けている「プログレ補講」(笑)の履修過程で辿り着いてもおかしくはなかったはずなのだが、つい聴きそびれてしまっていたなあ。まさか平井堅から辿り着くとは夢にも思わなかった(笑)。

で、同じリピューマのレーベル、ブルー・サムのミュージシャンを調べていたら、これまた聞き覚えのある名前に突き当たったのである。ベン・シドラン。彼についてはまた次回。

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