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  • 2016.04.03 Sunday
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僕の方こそありがとう

JUGEMテーマ:日記・一般


終わっちゃいましたね、オリンピック。いつものように前回の更新から随分と間が開いたうえに微妙に間抜けなタイミングの話題でもありますが(笑)。前にも書いた気がするけど、オリンピックにしても世界選手権にしても開催時期が夏なので、真夏の夜の打ち上げ花火のような、終わってしまったあとのこの切ない感じも含めて好きです。この切なさは「もう夏休みも終わりか。宿題やらなくちゃ」という子供の頃の記憶も思い起こさせたりしてね。

前回のアテネ五輪では、NHK大相撲中継でおなじみの我らが(笑)苅屋アナが「栄光への架け橋だ」の名実況で一躍ブレイクしたことで話題になった。これは説明するまでもなくNHKのオリンピックのテーマソングだったゆずの「栄光の架け橋」に引っ掛けたセリフだったのだが、今回のNHKのテーマソングは誰になるのだろう?と考えたときに、今の日本の音楽シーンでこのテの「応援歌枠」(笑)と言えば、と真っ先に思いついたのはコブクロだったのだけれど、見事に予想は外れました(笑)。コブクロでもいいと思うんだけど、コブクロは平成の「おふくろさん」とも言うべき(笑)「蕾」のヒットや、今や「乾杯」に替わる結婚式ソングの定番になってしまった「永遠にともに」のリバイバルヒットのおかげで応援歌というにはちょっと「濡れた」イメージが付いてしまったかもしれない。そこで本当のNHKのテーマソングに選ばれたミスチルというのは、そのテがあったか、というか、さもありなん、というか。前回のゆずや今回のフジテレビのオリンピック・テーマソングのレミオロメンと並んで応援歌を歌うべき「若さ」というか「青さ」にかけては、今の日本の音楽シーンで右に出る者などいないだろう。ミスチルはいい歳こいたオッサン(笑)である分、その「青さ」においてはゆずやレミオロメンに勝っていると言っても過言ではないだろう。故ナンシー関女史がミスチルの「青さ」について書いていたような気がするが、よく思い出せない。ちなみにゆずの最新シングル「Yesterday and Tomorrow」はミスチルの「Tomorrow Never Knows」への明らかなアンサーソングでしたね。

他のTV局各局の五輪テーマソングで言うと、テレ朝の福山雅治はまあ今の立ち位置としてはコブクロと同じなのでやや地味な印象。日テレの嵐、TBSのSMAPについては、仕方のないこととは言え少々遠慮いただきたいと思うのも事実。僕は前にも書いたけど歌謡曲が好きなので、ジャニーズも決して嫌いではないのだが、ジャニーズのタイアップはせいぜい女子の金メダリストにご褒美としてビストロSMAPに出演させてあげる、くらいで勘弁してほしい(笑)。

それからこれはもう完全に間抜けなタイミングの話題だが、我らが中日ドラゴンズの山本昌広投手、200勝達成おめでとうございます。個人的に20年前の優勝はあなたのおかげだと思っています。優勝争いをしていた秋口になって急遽アメリカから呼び戻され、あれよと言う間に5勝をあげて優勝に大きく貢献したあのピッチングを、今でも忘れることはありません。

先日久しぶりにアナログレコード・プレーヤーを買い換えた。世間ではボーナスが出たら買いたい家電製品の上位がブルーレイディスク・レコーダーだったり、プラズマテレビだったり、地デジ付きカーナビだったりするこのデジタル時代に、全く真逆の買い物をしております(笑)。普通に80年代以降の新しめの音楽を聴く人には無用の長物かもしれないけど、僕みたいに骨董品のような古いレコードを聴いている人間にとっては、使用頻度の高い大切な家電製品である。それは「CDよりアナログ盤の方が音に温かみがあっていい」みたいなオーディオ耳の抽象的な話ではなくて、僕が好んで聴くような古いレコードというのは、経年によりマスターテープの保存状態に問題がある場合が多いので、たとえCDで再発されてデジタルマスタリングを頑張ったとしてもがっかりするような音質の場合が多く、やはり当時のアナログ盤原盤の音には勝てない、ということである。

先月の地元のレコード・サミット(僕が学生だった頃は「レコード祭り」と言ってたんだけど、またカッコいい呼び名を見つけたものですね(笑))でも欲しかったアナログ盤が見つかったので早速購入。それがこちら↓。



プロコル・ハルムの2ndアルバム「Shine On Brightly」の日本盤。この日本盤とUS盤はジャケが現在CDで再発されているUK盤とは違うので欲しいと思っていたもの。ちなみにUK盤のジャケがこちら↓。



どちらも幻想的、というか見方によっては気味が悪い(笑)。こういうジャケを愛でる楽しみというのもアナログ盤ならでは、というのはありますね。ちなみに日本盤だったけど、ユーミンが書いていたというライナーノーツが付いてなかったのは少々残念。

次回こそ、前回約束したバリー・ホワイトのラヴ・アンリミテッド・オーケストラについて(笑)。

見限りは早計


全米だけで400万枚を売ったスーパートランプのアルバム「ブレックファスト・イン・アメリカ」。例えばピンク・フロイドの「狂気」やマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」などのメガセールスを記録した他のアルバム同様、このアルバムはアーティストのクリエイティヴなピーク期と時代の音楽ニーズが奇跡的な邂逅を遂げた作品のひとつ、と言っていいだろう。「売れた」からと言ってただの売れ線狙いの産業音楽という訳でもない。カラオケフレンドリーな口ずさみやすい歌やキャッチーなリフレインというのはむしろ控えめな方だろう。しかし聴けば聴くほどにその「魔力」に捕り憑かれてしまう魔法のようなアルバムである。このスーパートランプはE.L.O.や10ccなどを引き合いに出されて語られることが多いが、音楽性そのものはそれほどBeatly(ビートルズ風)という訳でもない。10ccではスチュアート&グールドマンよりはゴドレイ&クレームの方に近いヒネリの効いたポップスである。先日書いたプロコル・ハルムは松任谷由美のお気に入りのアーティストだそうだが、このスーパートランプは矢野顕子のお気に入りのアーティストなんだとか。なるほどね。では竹内まりやのお気に入りのアーティストは誰でしょう?カーペンターズ?残念。答えは山下達郎です(失笑)。

閑話休題、アルバムの内容はというとロジャー・ホジソンのファルセット・ヴォーカルがいかにも時代を感じさせるね。リリースされた79年当時と言えばアース・ウインド&ファイヤーやドナ・サマーなどソウル系ディスコミュージックの全盛期。その影響はビー・ジーズ(サタデイ・ナイト・フィーヴァー)やE.L.O.(アルバム「ディスカヴァリー」あたり)などのポップグループにまで及んでいた。そしてこのスーパートランプも例外ではなかった訳である。

そう言えばこのスーパートランプもまたプロコル・ハルムと同じダブル・キーボードスタイルを取っている。もう一方のピアニストであるリック・デイヴィスの書く曲はロジャーの親しみやすいポップ・ソングとは違ってR&B色が強くて渋い曲が多い。最初はロジャーの曲の方が耳に馴染むのだけれど、リックの書く曲は聴き進むにつれてじんわりと胸に染みてくる。味わい深い。そういう意味ではロジャー脱退(ビートルズに例えればポール・マッカートニーが脱退するようなもの)後のアルバム(計3作品)は、内容的にもセールス的にもかなり地味だが決して悪くないアルバムである。

個人的なフェイヴァリット・トラックは74年にリリースされたアルバム「Crime Of The Century」に収録された「Hide In Your Shell」。ロジャーお得意の切ないバラッドだが、「我が心のベストテン」では常に上位にランクインしてる名曲です。

スーパートランプの音楽の特徴は先述したダブル・キーボードとジョン・ヘリウェルの印象的なサックスなんだけど、この音楽スタイルに心惹かれたことは、その後僕が「プログレ無限地獄」に引きずり込まれる(笑)契機になったのかもしれないな。スーパートランプにはインスト・パートの多い長尺の曲もあるし、初期のアルバムは70年代前半という時代を反映してかプログレの印象が色濃い。ロジャー・ホジソンはソロに転向してからイエスとコラボなんかもしてるし。これもまた「セレンディピティ」かな(笑)。何かこういう風に音楽を聴いていく過程で全てのものが「つながっていく」感じというのは実に面白い。ピンク・フロイドの「The Wall」を聴いた時、ライナーノーツのバックコーラスにブルース・ジョンストンとカート・ベッチャーの名前を見つけて驚いたりもしたものだ。

そう言えばプロコル・ハルムもまたプログレにカテゴライズされることもあるみたいね。僕が聴いた時にはまったくそんなつもりは無かったんだが(笑)。まあジャンル分けなんてのは音楽を聴くうえにおいてあまり大きな意味を持たないのだけど、それはまたプログレの話のときにでも(笑)。

同型が強力で



マシュー・フィッシャーの1stソロアルバム「ジャーニーズ・エンド」は、プロコル・ハルムでのクラシック音楽からの引用を用いた丹念に練り込まれた音作りとは対照的にラフでレアな弾き語りの楽曲がほとんどである。UK盤ライナーノーツではジョン・レノンの1stソロアルバムが引き合いに出されているが、あながち間違いではないかもしれない。「あの名曲「青い影」でオルガンを弾いていた人物のソロアルバム」という先入観に対するマシュー自身の反発もあったのだろう。当時プロコル・ハルムを期待してアルバムを聴いた人のほとんどはがっかりしたのではなかろうか?(笑)。世界的な大ヒットとなった「青い影」の呪縛から逃れようとする苦悩は、収録曲「Going For A Song」の歌詞にも表れている。タイトルは「お気に入りの歌」とでも訳せばよいのだろうか。

「僕の窓からステンドグラスを持っていってもいいよ/僕のウィスキーやシャンパンを飲んでも構わない/僕のゴルフコースを耕運機で耕してくれてもいいよ/でもお願いだからあの歌を歌わせるのだけはかんべんしてくれ/

僕のプールにピラニアを入れてくれてもいいよ/蹴られたって痛がりはしないさ/僕のランボルギーニに君の名前を刻んだって構やしないさ/でも頼むからあの歌だけは歌わせないでくれ/

別に切ない気持ちになるあの高音が歌えなくなったからじゃないんだ/あの頃の自分を思い出すと/とても憂鬱になるんだ/だからもうあの歌は歌わせないでくれよ/

あの歌詞が嫌いだって訳でもないんだ/ただまあもっとましな歌詞があったとは思うがね/でもあの歌を聴くたびに何故か落ち込むんだよ/

サインをお願いされれば書いてあげるよ/でもあの頃の仲間が今何をしてるのかは訊かないでくれ/あの頃の写真を見せられるのもゴメンだ/そしてお願いだからあの歌を歌ってくれと言わないでくれ/頼むよ/あの歌はもううんざりするくらい歌ったんだ/頼むからもう二度とあの歌を歌わせないでくれ」(拙訳:by 豊満ランドオー)

やはりマシューも「青い影」の歌詞は気に入らなかったんだね(笑)。キース・リードの難解な歌詞とはうって変わってマシューの書く詞はわかり易すぎる(笑)。

2ndソロアルバム「I'll Be There」は、あまりにシンプルでラフすぎた前作の反省を踏まえてか、サウンドプロダクションも凝っていて楽曲も粒ぞろい。中でもオルガンの響きが温かくも切ない「Not Her Fault」は落涙必至の名曲。

「今朝彼女が出かけてからすぐに荷物をまとめた/彼女には昨日のうちに伝えておくべきだったが/僕はそれほど強くはないんだ/それで「自由になりたい」と書き置きを残しておいた/彼女はその手紙を玄関の鍵を置いてあるところに見つけるだろう/

こんな風に出て行くつもりじゃなかったんだけど/とにかく行かなきゃならないんだ/だから彼女に伝えてくれ/僕のことは心配しなくていいよ、と/何も問題はないんだ/

もし彼女が君になぜ僕が出て行ったのか/なぜそんなひどいことをするのかと尋ねたら/彼女に伝えてくれないか/彼女のせいではないんだ、と/悪いのは彼女ではないんだ、と/

何とかしようと努力はしたけど/どうしようもなかったんだよ/泣かせてしまって悪かった/でも他にどうすればよかったんだよ/

こんな風に出て行くつもりはなかったんだけど/とにかく行かなきゃならないんだ/だから彼女に伝えてくれないか/僕のことは忘れてくれと/それでも彼女がどうして僕が出て行ったのか君に尋ねたら/彼女に伝えてくれないか/彼女のせいじゃないんだ/僕のせいなんだ、と」(拙訳:by豊満ランドオー)

その音楽と同じように優しくあたたかい、こういう感性は大好きだなあ。それにしてもわかりやすい歌詞だね(笑)。昨日おとといのフラストレーションが解消されたわ(笑)。

3rdアルバム「Matthew Fisher 」と4thアルバム「Strange Days」は、70年代後半から80年代前半という「時代」(少しAOR風味)を感じさせる佳作。4thでは僕の大好きなゾンビーズのクリス・ホワイトが共同プロデュースしてるのもいい。

これらのマシュー・フィッシャーのソロ作はシンガーソングライター(レコードコレクターの人には「SSW」と表記した方が伝わるかな)好きの人ならきっと気に入るだろう。聴いていると、春の陽だまりで日向ぼっこをしているような気持ちになれる、優しくあたたかいアルバムである。キリンジなんかはマシュー・フィッシャー好きだろうな。

しかし前にも書いたが僕はもう結構いろんな音楽を聴いてきたつもりでいたんである。それなのに今になってこんなにも僕の人生にとってかけがえのないアルバムに出会えるなんて思いもしなかった。そもそもプログレに目覚めてイエスの「こわれもの」を聴かなければ、マシュー・フィッシャーのソロアルバムなんか一生聴くことはなかったかもしれないのである。これを「セレンディピティ(=探し求めているものではないものを発見すること)」と言わずしてなんと言えばよいのか。ちくしょう、人生は楽しいなあ。

今回ブリンカー装着



前回「プロコル・ハルムの虜になった」と書いたが、そういう人間のことを「Procoholic」(「Alcoholic」=アル中をもじったもの)とか「Harumania」(「Harmonia」=ギリシャ神話の調和の女神の名前(「ハーモニー」の語源)をもじったもの)とか言うらしい。面白いね。

彼らの3rdアルバムにあたる「ソルティ・ドッグ」。「ソルティドッグ」と言えば言わずと知れたグラスのふちに塩の付いたウォッカベースのカクテルの名前だが、元々は潮風にさらされて働く船の甲板員を指すイギリスのスラングなんだそうだ。洋楽を聴いてると色々勉強になるね(笑)。アルバムジャケットのデザインからも分かるように、プロコル・ハルムの「ソルティ・ドッグ」はお酒の歌ではなく、船の歌の方である。そしてこの歌もまた、前回紹介した「青い影」同様歌詞の内容が難解極まりない。

「全員デッキに出ろ。浸水するぞ」船長が叫ぶのが聞こえた/
「船を調べろ。栓を交換するんだ。誰一人として生きては帰さないぞ」/
海峡の向こうのホルン岬までの距離/船員たちは果たしてどこまで辿りつけるだろう/
曲がりくねった航路/我々の苦難の航海/誰一人として生き残れないとは/

我々は船が死ぬために戻ると言われる名も無き港へと向かっていた/
そびえる山も険しい砦も/我々の船長の眼中にはなかった/
七日目の船酔いの日に/我々はその港に辿り着いたのだった/
砂浜はあまりに白く/海はあまりに蒼かった/この世のものとは思えない所だった/

我々は銃を撃ち/マストを焼いて/救命ボートで船から岸へと辿り着いた/
船長は叫んだ/我々船員たちは嬉し涙をぬぐった/
それからいくつもの夜と/いくつもの6月が過ぎ去った/
「甲板員」/この船乗りの航海日誌/筆跡は私のものだ/証人は君だ」

麻薬とかヤバいものを密輸する船の歌か何かですかねえ?難しい。この美しいストリングスが奏でられるタイトル曲やロビン・トロワーのブルーズもいいのだが、僕がこのアルバムで何より惹かれてしまったのは、バンドのオルガニストであるマシュー・フィッシャーがリード・ヴォーカルを取る2曲だった。言うまでも無く「青い影」であの印象的なイントロダクションのオルガンの旋律を弾いていた人物である。楽曲自体もクラシカルな佳曲なのだが、そのか細く優しい歌声が、ソフト・ロック好きの僕の心に響いたのだった。その歌声は、「マッチョ」と表現しても過言ではないゲイリー・ブルッカーのソウルフルな歌声とはあまりに対照的だった。そして、程なく僕はマシュー・フィッシャーの一連のソロ作品を聴くことになる。そして、また、引っくり返るくらい驚いてしまったのだった(笑)。昨日今日と二日がかりで長々とプロコル・ハルムについて書いてきたが、本当に書きたかったのはこのマシュー・フィッシャーのことなんである。少々前置きが長すぎた感もあるが(笑)。

叩いて小倉予定

競馬の話は水曜に更新されるCLUB-A-PATの「投票成績照会」を見てからにさせてください(笑)。

以前日記に書いたが、ほんのちょっとしたきっかけでピンク・フロイドを聴いてそれまで「聴かず嫌い」だったプログレに目覚めてしまった。というよりはこれまで2000枚くらいのアルバムを聴いてきたのに、ロック・クラシックともいうべき多くのプログレの名盤をずっと聴かずにいたことの方が恥ずかしく思えるくらいだ。そしてロック・ミュージックにおける「プログレ」という未履修科目が発覚(笑)して以来、キング・クリムゾン、イエス、EL&P、ジェネシス、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター、など、プログレ系のアーティストの「過去問」ならぬ過去のアルバムを大人買いしては日々「補講」に励んでいる(笑)。僕は今この「補講」が楽しくて仕方がない。久しぶりに旺盛に音楽を聴く毎日である。

そんな中でイエスの「こわれもの」を聴いたとき、ライナーノーツのある一文が目に止まった。

”A Brighter Shade Of Green”

これはイエスの「こわれもの」と並ぶ名盤「危機」のかの有名なロジャー・ディーンによるジャケットが緑色を色調にしていたイメージからの見出し文なのだろうが、ある有名な楽曲のタイトルをもじったものでもある。プロコル・ハルムの”A Whiter Shade Of Pale”。邦題「青い影」。で、そう言えばプロコル・ハルムというバンドのアルバムも、今の今まで一枚も聴いたことがなかったんである。どちらかというと「プログレ」という科目の未履修よりもこちらの未履修の方が深刻な問題である(笑)。で、聴いてみた。引っくり返った(笑)。

全体的な印象としては、クラシックの旋律を基調にしながらも、ゲイリー・ブルッカーのソウルフルなヴォーカル(「青い影」はパーシー・スレッジの「男が女を愛するとき」にインスパイアされた曲。ポール・ウェラーあたりもプロコル・ハルムからの影響を表明しているよう)や、「ジミ・ヘンドリックスの後継者」とまで言われたロビン・トロワーのブルージーなギターが泥臭くてダウン・トゥ・アースな時代の音を反映していたりもする。確かにピアノとオルガンのダブルキーボード・スタイルは、1stアルバム原盤のライナーノーツにもあるとおり、ザ・バンドの「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」に影響を与えたのかもしれない。あと僕の好きなアーティストではエルヴィス・コステロなんかも、このプロコル・ハルムの影響をかなり受けてるかもしれないな、と思った。後期ラヴィン・スプーンフルのジョン・セバスチャンの書く曲にかなり似た趣がある。クラシックの旋律を取り入れたポップソング、という意味ではジミー・ウェッブに似た感じもある。

僕がプロコル・ハルムの虜になってしまったのは、そうした楽曲的な側面だけではなく、その幻想的で不可思議とさえ言ってもいい歌詞である。プロコル・ハルムの全ての歌詞を書いているのはキース・リード。全く楽器を演奏しないバンド・メンバーである。「歌詞を書くだけで楽器を全く演奏しないメンバー」と言われて思い出すのはキング・クリムゾンのピート・シンフィールドであるが、プロコル・ハルムのゲイリー・ブルッカーの1stソロアルバムにピート・シンフィールドが詞を書いている、というのも面白い。

「マグダレーン」という曲は女性の名前をタイトルにしたピアノの旋律が美しいプロコル・ハルムらしい楽曲である。しかし歌詞の内容は難解で、曲の最後は”Magdalene,My Reagal Zonophone”というコーラスのリフレインで終わる。「Reagal Zonophone」というのは当時プロコル・ハルムが所属していたレコード会社のレーベル名である。例えて言うなら倖田來未が「愛しのエイベックス・トラックス」と歌っているようなものか(笑)。

件の「青い影」の歌詞もまた、幻想的で不可思議(不可解?)である。「Seasick」「Fandango」など聞き取れる断片的な歌詞のみで勝手に「船上パーティ」の歌なんだ、と思い込んでいたのだが(笑)、どうやら少し違うみたいだ。誰でも一度は耳にしたことがあるであろうそのクラシカルな美しい旋律からは、ロマンティックなラヴソングだろうと思っていたのだがそうでもないらしい。

「僕たちはちょっとファンダンゴを踊ってから床を転げまわったりした/
僕は船酔いをしたような気がしたのだが/みんなはまだ盛り上がり足りなかった/
部屋の中は天井が吹き飛ぶくらいに喧騒が増していった/
僕たちが次の飲み物を注文するとウェイターがトレイを持ってきた/

最初はただ不気味なだけだった彼女の顔が/青白い顔に変わってしまったのは/
ミラー(粉引き)がその話をしてからのことだった/

彼女は言った「理由なんてないわ。真実は明らか」/でも僕はトランプの中をさまよって/
彼女を海岸へ向かう16人の処女の1人にさせまいとした/僕の目は開いていたけれど/閉じているのも同然だったかもしれない」(拙訳:豊満ランドオー)

キーワードである”the miller”という単語がどれだけ調べても「粉引き」としか出てこない。パンの小麦粉の製粉屋とかお茶の粉を引く人(コーヒーミルの「ミル」ね)という意味しかない。しかしそれでは歌詞の意味がよく分からない。例えばカーペンター(大工)やテイラー(洋服の仕立て屋)など、元は職業だったものがそのまま苗字になった例と同じで「ミラー」という苗字の男が女に何かを言った、とすれば何とか意味が通りそうだが、ちゃんと「the」を発音してるしなあ。いずれにせよ美しい楽曲とは対照的に難解で不可思議な歌詞である。まあ当時の多くのロック・ミュージシャンが書く歌詞がそうであったように、たいした意味など無いのかもしれないけどね。

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