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  • 2016.04.03 Sunday
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ニルソン「シュミルソン二世」

JUGEMテーマ:音楽



ハリー・ニルソンというアーティストも変わった人である。スリー・ドッグ・ナイトがヒットさせた「ワン」やブラッド・スウェット&ティアーズの「ウィザウト・ハー」、また我々ポップ・マニアの間では知らない者はいないフィル・スペクターがプロデュースしたモダン・フォーク・カルテット(MFQ)の名曲「ディス・クッド・ビー・ザ・ナイト」(我が国では山下達郎のカヴァーで有名)など、数多くの名曲を産んだ優れたソングライターでありながら、ニルソン自身の2大ヒット曲「ウィザウト・ユー」と「うわさの男」は実は他人が書いた曲なのである。

「ウィザウト・ユー」は最近ではマライア・キャリー嬢のカヴァーも有名なようだが、元々はアップル・レコードのビートルズの弟分バンド・バッドフィンガーの曲である。実は僕はバッドフィンガーというバンドには一方ならぬ思い入れがあって、学生の頃、当時廃盤で入手困難だった彼らの3rdアルバム「ストレイト・アップ」を中古盤屋で8,500円のプレミア価格で購入(当時は親から与えられた月3,000円の小遣いで生活していたからまさに収入の約3ヶ月分(笑))したほどである。そのバッドフィンガーについてはまたの機会に。

全米NO.1ヒットとなったその「ウィザウト・ユー」を含むアルバム「ニルソン・シュミルソン」(’71年)の勢いそのままにプロデューサーに再びリチャード・ペリーを迎えて制作されたのがこの「シュミルソン二世」(’72年)である。リチャード・ペリーというと一般的にはカーリー・サイモンやバーブラ・ストライザンド、アート・ガーファンクルやレオ・セイヤーといったMOR(というかAOR)のプロデューサーとして有名な人なのだが、元々はキャプテン・ビーフハート(!)やタイニー・ティム(!!)のプロデュースなんかをやっていた人で、そうした諧謔趣味的側面からニルソンは彼をプロデューサーとして迎え入れたのかもしれない。アルバム中に挿入されるセリフというか小芝居や、ドラキュラのようなおどろおどろしいジャケにニルソンの諧謔趣味の一端がうかがえる。ニルソンの名盤「空中バレー」(’68年)の紙ジャケリイシューのライナーノーツで鴨宮諒(初期ピチカートファイヴのメンバー)が「サーカスの楽団を思い起こさせるような音世界」と書いているけれど、非常にわかりやすい表現だと思う。ビートルズからの影響が色濃いニルソンだから「サージェント・ペパーズ」からの影響というのももちろんあろうが。

アルバム全体を貫くヴァン・ダイク・パークスの「ソング・サイクル」やハーパース・ビザールにも通じるノスタルジックな音楽性の中でも白眉と言うべきはその名も「REMEMBER(CHRISTMAS)」という曲。ニッキー・ホプキンスの奏でるピアノがあまりにも美しい。タイトルに「CHRISTMAS」とあるが全然クリスマス・ソングではない。

「遥か昔遥か彼方で/人生は明るかったはずだ/目を閉じて/思い出すんだ/遠い昔のあの場所を/思い出すんだ/知っていることを全部/思い出すんだ/悲しく落ち込んでいたときのことを/振り返るんだ/人生はただの記憶/思い出すんだ/目を閉じれば見える/思い出すんだ/人生のあらゆる可能性を/思い出すんだ/愛なんて夢の中にしか存在しない/思い出すんだ/物事は見かけによらない/夢だったんだ/遥か昔遥か彼方で/人生は明るかったはずだ/さあ、目を閉じるんだ」(拙訳:豊満ランドオー)

僕の今際の際にはこの曲を流してもらいたい(笑)。以前プロコル・ハルムの「青い影」やジミー・ウェッブの「マッカーサー・パーク」を訳詞した記事を書いたけど、そうした難解な歌詞とは違ってニルソンの書く詞はとてもシンプルで分かりやすいのに深みがある。「詩人」だなあ、と思う。ニルソンはランディ・ニューマンの曲ばかりをカヴァーした「Nilsson Sings Newman」というアルバムをリリースしているのだけれど、シンプルなピアノの弾き語りのこの曲なんかもランディ・ニューマンへのオマージュなのだろう。実は僕はランディ・ニューマンというアーティストにも一方ならぬ思い入れがあるのだけれど(笑)、それもまたの機会に。ニルソンの死後リリースされたトリビュート・アルバム「For The Love Of Harry」ではそのランディ・ニューマンがこの「REMEMBER」をカヴァーしているのが泣ける。また詞の内容からすると後にアルバム「プシー・キャッツ」で共演することになるジョン・レノンの「イマジン」へのアンサー・ソングのようにも思える。

「Turn On Your Radio」という曲の歌詞も実にユニークである。

「自分がどこへ行くのか分からないけど/僕は死んでしまったようだ/風が僕を運んでくれたらいいのに/ラジオをかけて僕の歌を聴いてくれ/常夜灯を点けておくれよ/僕は死んでしまったんだ/何が起こったのか分からないけど/僕は死んでしまった/その知らせは聞きたくないんだ/悪いのは僕だったのかもしれないから/レコードをかけて僕の歌を聴いてくれ/常夜灯を点けておくれよ/僕は死んでしまったんだ/人生がどうなるのかなんて分からないけど/いつかは消えゆくものなんだ/風が僕を運んでくれたらいいのに/ラジオをかけて僕の歌を聴いてくれ/常夜灯を点けておくれよ/僕は死んでしまったのだから」

まさしくニルソンの「遺言」のような曲である。もしくはニルソン版「千の風になって」か「帰って来たヨッパライ」か(笑)。

「You're Breakin' My Heart」はサビの部分で「FUCK YOU」と連呼する世にも珍しいポップ・ソングである(笑)。前述のトリビュート・アルバムでは元J.ガイルズ・バンドのピーター・ウルフがこの曲をカヴァーしていた。いかにも、ですね。

リイシュー盤ではボーナス・トラックにジミー・ウェッブの「カンポ・デ・エンチーノ」(ウェッブのアルバム「レターズ」に収録されているカンツォーネ風の佳曲)のカヴァーが収録されている。ライナーノーツに「ウェッブはニルソンのことを兄弟のようだった、と振り返っている」とある。ジミー・ウェッブやランディ・ニューマンは21世紀の今日でもいまだに現役で、しみじみと心に響くいいアルバムをリリースしてくれているのだけれど、ニルソンももし生きていたら同じように素晴らしいアルバムをリリースしていたのかもしれないと思うと、残念でならない。

He's a SESSION MAN

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前回記事の補足。ニッキー・ホプキンスは以前記事に書いたマーク=アーモンドのジョン・マークやアラン・デイヴィスらとともにスイート・サーズデイなるユニットを結成し、69年に1枚だけアルバムをリリースしてもいる。これまた僕の好きなアーティストと意外なところでつながっていたことに驚いた。


ジョン・レノン「ジェラス・ガイ」:
僕がニッキー・ホプキンスという名前に妙に見覚えがあったのは、高校生のころに聴いたジョン・レノンのアルバム「イマジン」のクレジットにある彼の名前を見ていた遠い記憶だったのかもしれない。「ジェラス・ガイ」と聞いて曲のサビの部分ではなくて、ニッキー・ホプキンスが奏でるこのイントロダクションの美しいピアノの旋律を思い出す人も多いのではないのだろうか?実に印象的で存在感のある名演である。


ジェフ・ベック・グループ「ミルヴァレーの少女」:
これもいかにもニッキーらしいリリカルで上品なインストの小品。ジェフ・ベック・グループ名義のアルバムに収録されているがニッキー自身のペンによる楽曲で、寡作な人だけにこういうのはありがたい。ここでは御大ジェフ・ベックもリズムを刻むのに徹していて、この曲を聴いてジェフ・ベック・グループの曲と気付く人は少ないのではなかろうか。ハモンド・オルガンを弾いているのはかのジョン・ポール・ジョーンズ。ちなみにこの曲はリリース当時(’69年)サンフランシスコのミルヴァレーにいたニッキーのガールフレンドのために書かれた曲。後にニッキーは渡米しクイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスに加入することになる訳だが、’69年はニッキーにとってもまさに「サマー・オヴ・ラヴ」の年だった訳である。


ザ・フー「ソング・イズ・オーヴァー」:
ニッキーはザ・フーのデビュー・アルバム「マイ・ジェネレイション」を含めたごく初期のレコーディングに参加していた訳で、’71年発表のこの傑作アルバム「フーズ・ネクスト」にはその後ビートルズやストーンズ、キンクスなどとのセッションで一躍名を上げたVIPミュージシャンとして再び招かれた、という格好になる。この曲でのニッキーの存在感溢れる演奏を聴いていると、ピート・タウンゼンドがなぜ自分で弾くのではなくてわざわざニッキーを呼んで弾かせたかったのか?が分かるような気がする。


ジョー・コッカー「ユー・アー・ソー・ビューティフル」:
僕はあまりに有名なこの曲でピアノを弾いているのもてっきり作曲者であるビリー・プレストンなのだとばかり思い込んでいたのだけれど、実はこれもニッキーの演奏だったのですね。ビリー・プレストン自身の原曲と聴き比べると、ニッキーによる演奏はオリジナルなアレンジが施されているのがよく分かる。僕が「ユー・アー・ソー・ビューティフル」と聞いてどうしても思い出さずにはいられないのが、学生の頃に繰り返し見たビーチ・ボーイズのヒストリー・ビデオ「ザ・ビーチ・ボーイズ〜アン・アメリカン・バンド」で、ウィルソン3兄弟の次男坊故デニス・ウィルソンがアルコールとドラッグで潰れてしまったしわがれ声を振り絞ってこの曲を歌うシーンである(昨年リイシューされたデニス・ウィルソンのソロ・アルバム「パシフィック・オーシャン・ブルー」は近年で最も評価されるべきグレイト・リイシューのひとつだった)。ちなみにこの「ユー・アー〜」が収録されているコッカーのアルバム「アイ・キャン・スタンド・ア・リトル・レイン」はちょっとすごいアルバムで、参加ミュージシャンにリチャード・ティーやコーネル・デュプリー(後のスタッフ)、ランディ・ニューマンやジミー・ウェッブがいたりする。ジミー・ウェッブが客演しているのはウェッブ自身のペンによる名曲「月はいじわる」なのだが、僕はこの曲のウェッブ自身によるヴァージョンやいくつかのカヴァーを聴いたけど、コッカーのヴァージョンも実に素晴らしい。おかげでまたジミー・ウェッブ熱が再燃してしまっている今日この頃である。ニッキーの演奏目当てで聴いたアルバムから、また僕の大好きなミュージシャンに辿り着いてしまったのだからこれも何というセレンディピティ(笑)。

前回書いたニッキーのソロ・アルバム「夢みる人」では、アルバム・クレジットでハリー・ニルソンとリチャード・ペリーに特別な謝辞が捧げられているのだけれど、次回はそのリチャード・ペリーがプロデュースしたハリー・ニルソンのアルバム「シュミルソン二世」(もちろんニッキーがゲスト参加)について。

「夢みる人」ニッキー・ホプキンス

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ニッキー・ホプキンスは60年代後半〜70年代にかけて、ブリティッシュ・ロックの数多くの名盤に演奏を残しているセッション・ピアニストである。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、キンクス全てのビッグネームと共演を果たしているのだから凄い。彼にまつわるエピソードとしては、ストーンズがかの有名なトイレの落書きのジャケのアルバム「ベガーズ・バンケット」で落書きの一つに「THANKS,NICKY」と特別な謝辞を送っていたり、キンクスは「セッション・マン」という彼について歌った曲を書いたり、など、当時のブリティッシュ・ロック界における「重要人物」だった訳である。更に面白いのはこれも大物ギタリストであるジェフ・ベック・グループに一時在籍した後、サイケ・フラワームーヴメントの最中にあったアメリカに渡り、ジェファースン・エアプレインやクイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、スティーヴ・ミラー・バンドといったバンドたちとも共演したりしている。

「夢みる人(The Tin Man Was A Dreamer)」はそのニッキーが73年にリリースしたリーダー・アルバムで、実質的なファースト・アルバムにあたる。前回書いたストーンズの「シーズ・ア・レインボウ」でのピアノのあまりの美しさに心を奪われてしまったので、ネットでいろいろ調べているうちにこのアルバムの存在を知り、残念ながら既に廃盤で入手困難ではあったがオークションで何とか入手することができた。レコード・コレクターなんていう難儀な趣味をやっている人間には「実際に聴いたことはないがジャケットをよく見かけるレコード」というのがあって、この印象的なジャケの「夢みる人」なんかもまさにそういう我々の趣味の世界では有名なレコードだった。

しかしこのアルバムは何というアルバムなのだろう。冒頭の「サンダウン・イン・メキシコ」のイントロのピアノの一音から始まって、ラスト「ピッグズ・ブギー」まで、聴いていると全ての楽曲の全ての音が体中に染み込んでいくような感覚になる。それはちょうど音楽を聴きはじめた中学生の頃に感じていたあの瑞々しい感覚によく似ている。その感覚は様々な音楽をたくさん聴くようになり、年齢を重ねるにつれて次第に、宿命的に、失われていったものだった。しかしほんの偶然のきっかけから(詳細は前回までの記事参照)、僕はあの頃の感覚を思い起こさせてくれるような、何千枚ものレコードを聴いてきた僕の人生にとってかけがえのない素晴らしいアルバムにまたふたたび巡り逢うことができた。これをまさに僥倖というのだろう。

ニッキー・ホプキンス自身はミュージシャンとしてのジョージ・ハリスンを敬愛していたそうで、アルバム中の主題曲「夢みる人」あたりの繊細でもの哀しげなポップ感覚にその傾向は顕著である。あなたはポール派かジョン派か?と問われたのなら僕はもう断然ジョージ派だった訳で(笑)、こういう音楽性には僕は弱い。何でもこのアルバム「夢みる人」はジョージ・ハリスンのアルバム「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」と全く同時期に同じアップル・スタジオでレコーディングされた(平日にジョージのアルバム、週末にニッキーのアルバム、という具合に)そうで、確かに二つのアルバムの参加ミュージシャンは多くの部分で重複している。並べて聴くと「双子のアルバム」と言っても過言ではない。

ニッキーはこのアルバムの後75年に「ロック魂を永遠に(No More Changes)」というアルバムをリリースしているのだが、こちらは過去にCDリイシューすらされておらず、アナログ盤を見つけるのにかなり手こずったのだが何とか入手することができた。ニッキー・ホプキンスという人はその音楽性同様どうやら控えめで謙虚な人らしく(笑)寡作で、この「ロック魂を永遠に」でも自作曲は6曲のみで後はカヴァー曲という構成(「夢みる人」では全て自作曲だったが自らがヴォーカルを執っていたのはわずか4曲のみ)。僕なんかはビーチ・ボーイズのカヴァーが馴染み深いヒューイ”ピアノ”スミスの「シー・クルーズ」のカヴァーも楽しいが、何と言ってもポール・ウィリアムスのアルバム「サムデイ・マン」に収められた佳曲「モーニン・アイル・ビー・ムーヴィン・オン」(作曲はもちろんロジャー・ニコルズ)のカヴァーが秀逸。こうした隠れた名曲をピックアップする選曲のセンスまでもが素晴らしい(笑)。そしてまた随分と長く曲がりくねった道のりを経て、またしても僕の大好きなソフト・ロックの名曲に辿り着いてしまった、というのが何ともまたセレンディピティ(笑)。

もうひとつちょっと面白いな、と思うのは、90年代に入ってニッキー・ホプキンスは「逃亡者」「パテオ」「並木家の人々」など日本のTVドラマのサウンドトラックを手がけているということ。特に「逃亡者」は田原俊彦主演のアメリカのドラマのリメイクで、印象的なサスペンス・タッチの音楽もよく覚えている。

ニッキー・ホプキンスのアルバムを聴いていると、映画音楽のようなピアノのインストの小品があったり、繊細で優しくてか細い声でリード・ヴォーカルを執る美しいピアノ弾き語りのバラードがあったりと、どうしても僕の大好きなミュージシャンであるマシュー・フィッシャー(元プロコル・ハルム)のことを思い出さずにはいられない。クラシック音楽を土台にした英国の香り漂うその音楽性と、60年代後半〜70年代のブリティッシュ・ロック・シーンに深く関わったキーボード・プレイヤ−という点でもこの2人には共通項を見出せる。そんなことを考えながらニッキー・ホプキンスの「夢みる人」の裏ジャケを眺めていたら、そこに僕はあるものを見つけてしまった。「Tin Man Was A Dreamer」というタイトルにちなんでニッキー自身のブリキのコレクションが描かれているのだけれど、その片隅にそれはあった。





このブログの右のサイドバーの下の方、レコメンドをご覧ください。これもまた何というセレンディピティ(笑)。

次回はニッキー・ホプキンスの名演の数々が聴ける曲をいくつか紹介したいと思います。

「ゼア・サタニック・マジェスティーズ・リクエスト」ローリング・ストーンズ

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あなたはビートルズ派なのかストーンズ派なのか?と問われたのなら、僕はもう断然ビーチ・ボーイズ派だった訳で(笑)、とかく疎んじがちであったローリング・ストーンズ。レッド・ツェッペリンもそうだったけれど、昨今の紙ジャケ・リリースブームの流れの中で、これほどの超メジャーのバンドなのだから当然紙ジャケを購入しよう、と思っていたのだけど、ストーンズの「スティッキー・フィンガーズ」や「メインストリートのならず者」など70年代の名盤の多くは紙ジャケどころか日本盤すら廃盤状態なんですね。これはゆゆしき事態なのでは。ストーンズについては門外漢のくせにエラそうですが(笑)。

いつも書くことだがもう随分長いことレコード・コレクターなんていう難儀な趣味をやっているので、自分の好みの音楽については世間で名盤と呼ばれるアルバムはほとんど聴き尽くしてしまっていて、そこから趣味の世界の枝葉末節な細道へと迷い込んでしまっているので(笑)、もはや断片的な音源を聴き漁るくらいしか楽しみがないような状況である。それゆえ恐る恐る聴いてはみたものの期待外れでがっかり、という経験も必然的に多くなってきている。そんな中でストーンズやゼップといった超メジャーなバンドの歴史的な名盤なんてのは、聴く前からいいのが分かりきっている、ハズレであるはずがないレコードな訳で(笑)、この「安心感」というのは本当に久々に味わういいものでした。

ただゼップの後にストーンズを聴くと何となく演奏がもっさりしている感はある(笑)。もちろん音楽性の違いはあるんだけど。まあ、ボンゾ=ジョン・ポール・ジョーンズという派手なリズム隊(あとブリティッシュ・ロックで言うとザ・フーのキース・ムーン=ジョン・エントウィッスル)なんかと比べちゃうと地味に聴こえるのは致し方ない。もちろん好きな方にはそこがまた「味」だったりするんだろうけど。

で、前回書いたストーンズの「サタニック・マジェスティーズ」を聴くきっかけになった名曲「シーズ・ア・レインボウ」なのだが、てっきり僕はこの曲で印象的なピアノを弾いているのはブライアン・ジョーンズなのだと思い込んでいた。学生の頃に抱腹絶倒しながら読んだ村上龍の小説「’69」で、ヒロインが「ブライアン・ジョーンズのチェンバロのように生きたい」と言うくだりがあって、この小説を読んでいるときに頭の中で鳴っていた曲がストーンズの「シーズ・ア・レインボウ」だったからかもしれない(ちなみに同じく学生の頃に村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだ時に頭の中で鳴っていたのはビートルズの「ノルウェイの森」ではなく、なぜかキンクスの「ウォータールー・サンセット」だった覚えがある(笑))。

今回「サタニック・マジェスティーズ」を聴いてみて、アルバムのクレジットを確認したら「シーズ・ア・レインボウ」でピアノを弾いているのはブライアン・ジョーンズではなかった。僕はそこに、その人の名前を見つけてしまったのである。運命のその人の名前を。

「ニッキー・ホプキンス」

その運命の出会い(笑)についてはまた次回。

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