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  • 2016.04.03 Sunday
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「ストレイト・アヘッド!」ゴールドブライアーズ

JUGEMテーマ:音楽


カート・ベッチャーが大学時代に結成したコーラス・ユニット、ゴールドブライアーズの2ndアルバム。前にも書いたけど、こんなものまでがCD化(それも紙ジャケで)されてしまうのだから、ありがたいものだな、と思うと同時に、いったいどんな人がこれを買うのか?そしてこれを聴いた人はいったいどんな風に思うのか?と一抹の不安を感じなくもない(笑)。

内容としてはトラディショナルなフォーク・ソングやゴスペルのカヴァーが大半で、少々アクが強いというかクセがあるので、サジタリアスやミレニアムを聴いていわゆる「カート・ベッチャー・ワークス」の一環として食指を伸ばした人には抵抗感があるかもしれない(笑)。確かにその複雑なコーラス・アレンジにその後のカート・ベッチャーの仕事の萌芽を感じ取ることもできなくもないが。ただこの2ndについては1stアルバムよりはトラッド色も薄れ、比較的聴きやすい内容になっている。カートが父親の仕事の関係で一時日本に在住していたことからその名も「Haiku(俳句)」なんていう曲も収録されているのだけれど、この曲をはじめオリジナル曲が粒ぞろいで、今改めて聴いてもいいアルバムだなあ、としみじみと思う。ミレニアムの「ビギン」収録曲でも琴の演奏が登場したりして驚かされたけど、ゴールドブライアーズのコーラスアレンジが持つ複雑というよりはエキセントリックというかエキゾティックな印象は、このカートの東洋志向のスパイスによるものなのかもしれない。

学生時代、僕はサジタリアスやミレニアムのアルバムは多くの手間と時間とお金(笑)をかけて何とか入手することができたのだけれど、カートのソロやゴールドブライアーズのアルバムはついに見つけることができなくて、前述したサークルの先輩が持っていたアナログ盤からカセットテープ(!)に落としたものを、文字通りテープがヨレヨレになるくらい繰り返し聴いていた。先輩から借りたアナログ盤のジャケットを羨望のまなざしで眺めていたことを昨日のことのように覚えている(笑)。それだけにこの紙ジャケのミニチュアというのは感慨深いものがある。

ただミレニアムの未発表音源を集めたアルバム「Pieces」までもが紙ジャケになっているのには驚いた。そもそもこのアルバムにはオリジナルのアナログ盤というものが存在しないのに(笑)。紙ジャケには「アナログの復刻盤のミニチュア」という意味合いがあることを考えるとおかしな話である。何でも紙ジャケにすればいい、というものでもないでしょう。コストもかかるはずだし。もしかしたら紙ジャケにした方が売れるのかね。、

「ブルー・マーブル」サジタリアス

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前回書いたサジタリアスのセカンド・アルバム。ソフト・ロック・ファンの間での共通認識としては「サジタリアスの1stは名盤、2ndはイマイチ」ということになっていると思うのだけれど、僕もアナログ盤のレコードを文字通り擦り切れるくらい聴き、その表裏のジャケを穴が開くくらい見つめていたほど愛着のある1stとは違って、2ndについてはあまり聴き親しんだ記憶がない。改めて聴き直そうとアナログ盤を引っ張り出して聴いたときも、中から月の写真のポスターが出てきて「こんなの入ってたっけ?」という感じだった(笑)。しかし今になって聴いてみると、これはこれで全然悪くない。

確かに今となってはムーグ・シンセサイザーの音がチープで古めかしいし、前作のような造り込まれた緻密さもない。多くの曲でリードを執るゲイリー・アッシャーのヴォーカルもヘタウマどころかヘタヘタ(笑)でちょっとつらい。ただそれはあの1stとつい比較してしまうからで、このアルバム単体として見ればそんなにひどい言われ方(笑)をされるほどのものでもないんじゃないか、という気がする。

拝借すべきカートのデモ音源が底をついたからか(笑)(詳細は前回記事参照)、カートがリード・ヴォーカルを執る曲はたったの2曲のみ。いきおい1stに比べてカート色が薄れゲイリー色が色濃くなっているのだけれど、カートの書いた曲でゲイリーがリード・ヴォーカルを執ったりもしていて、本当に2人の間に確執はあったのかな?という気もする(笑)。

ただやはり、いけないこととは思いつつもつい考えてしまうのは、このアルバムが全曲カートのリード・ヴォーカルだったらなあ、ということ(笑)。

「プレゼント・テンス」サジタリアス

JUGEMテーマ:音楽
 

前にも書いたと思うけど、僕がミレニアムの「ビギン」というアルバムを通してカート・ベッチャーというミュージシャンの存在を知ったのは、大学に入学した年のことだから今からもう20年も前のことである。当時の僕はトッド・ラングレンとXTCとエルヴィス・コステロとランディ・ニューマンが大好きなヒネクレ者の少年(笑)だったので、それなりの洋楽についての音楽知識を持っているつもりではあった。しかし当時所属していた大学の音楽サークルの先輩に教えてもらったカート・ベッチャーというミュージシャンについては名前すら聞いたことがなかったこと、そしてその音楽=ミレニアムの「ビギン」があまりにも素晴らしかったことは衝撃とさえ言えるものだった。その「ビギン」の後に聴いたサジタリアスの「プレゼント・テンス」も、期待に違わぬ素晴らしいものだったのだけれど、アナログ盤の裏ジャケにクレジットされている名前に、僕は更に驚かされたのである。僕の大好きなビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンといくつものヒット曲を共作しているゲイリー・アッシャー、同じくビーチ・ボーイズのブルース・ジョンストン、ジム・ウェッブが書いた「恋はフェニックス」のヒットで知られるグレン・キャンベルなど、僕もよく知っている名前がなんでこんなところに(笑)、と。

サジタリアスというプロジェクトはカート・ベッチャーとゲイリー・アッシャーの2人による双頭プロジェクトなのだと思っていたのだけれど、実情はやや違ったようである。何でもカートによれば自分の作ったデモにゲイリーが音や声をかぶせただけで「一種の詐欺みたいなもの」ということらしい。後にリリースされたカートによる「プレゼント・テンス」収録曲のいくつかのデモ音源はサジタリアスのヴァージョンとほとんど相違のない完成されたもので、カートのこの証言が実証されたと言ってもいい。

1stシングルでもある「マイ・ワールド・フェル・ダウン」は「ファニー・ハウ・ラヴ・キャン・ビー」のヒットで知られるイギリスのグループ、アイヴィー・リーグ(こちらもビーチ・ボーイズの影響下にある)の曲のカヴァー。この曲のリード・ヴォーカルを執っているのがグレン・キャンベルで、サビのコーラスでタイトル部分を歌っているのがブルース・ジョンストンですね。これを聴きたいがために何度もこの曲だけリピートしてしまいます(笑)。ちなみにアイヴィー・リーグのリーダー、ジョン・カーターはその後ファースト・クラスというプロジェクトで「ビーチ・ベイビー」(90年代にバハ・メンのカヴァーで突如リバイバル・ヒットしたのに驚いた(笑))のヒット曲を生み出すことになる人。この辺はエジソン・ライトハウスやフライング・マシーン、ホワイト・プレインズなど英国バブルガム・ポップを好きな人には定番ですね。

日本盤の紙ジャケCDにはボーナス・トラックとしてゲイリーが発表したソロ作からのインスト曲が3曲収録されている。これはこれでマニアにとっては大変興味深いものではあるのだけれど(笑)、やはり9曲ものクオリティの高い未発表曲が収録されている米サンデイズド盤の方がおすすめ。

「ゼアズ・アン・イノセント・フェイス」カート・ベッチャー

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思うにカート・ベッチャーというミュージシャンの悲劇は、このアルバムがソロ名義で唯一公式にリリースされたアルバムとして残っていることなのかもしれない(笑)。そもそも公式にリリースされた音源というのが少ない人ではあるのだけれど、ソフトロックに興味を持ってミレニアムやサジタリアスを聴いた人が次にこのソロ作を聴いたときに、どんな風に思うのかな?という不安はある。ミレニアムやサジタリアスを「悪くないね」くらいにしか思えなかった人は聴かない方がいいかもしれない(笑)。

ここにはあのミレニアムやサジタリアスで聴かれたような緻密で複雑なコーラス・ワークや丹念に造り込まれた音造りといったようなものはほとんど聴かれない。興味のない人にはただ凡庸に間延びした情けない歌にしか聞こえないのかもしれない。しかし僕のようなカート・ベッチャーの熱烈なファンというかマニアというか信奉者というか中毒者(笑)にとっては、もう何とも言いようのないくらい、愛すべきアルバムなんである。

そもそも収録曲全11曲のうちカート自身が曲作りにクレジットされているのがたった2曲しかないのだけれど(笑)、それでもみんなしみじみと心に染みるいい曲なのである。僕はこのアルバムを聴くたびにほとんどの曲をシングアロングできてしまうくらいである(笑)。

それゆえ、あの伝説のカート・ベッチャーの仕事とはおよそ信じがたいこういうアルバムを聴くにつけ、前回も書いたけど、やはりカート・ベッチャーというミュージシャンの大きな魅力のひとつはその「声」なんだろうな、と思う。男声としてはかなり高い中性的な歌声は、もちろん僕の大好きなブルース・ジョンストン(カート・ベッチャーの盟友でもある)にも共通点があり。あと、カートの歌声はよくニール・セダカに間違えられたそうだが、もちろん僕はニール・セダカも大好きです(笑)。

「Passionfruit」California

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Brand New Old Friends:
前回書いたブルース・ジョンストンのペンによる名曲で、1曲だけ重要な曲を忘れていたので補足。

カリフォルニアというのは前回書いたブルース・ジョンストンが70年代中頃にやっていたプロジェクト・トリオ「カリフォルニア・ミュージック」(しかし改めて考えてみると何と身もフタもないネーミング(笑))を引き継ぐ形でカート・ベッチャーが始めたプロジェクトである。公式にリリースされたのは数枚のシングルのみで、それらは前にも書いたが小西康陽や小山田圭吾らよき理解者たちの尽力によるソフトロック再評価ブーム(90年代初め)の折にCD化されていた。しかし完成はしていたもののお蔵入りとなっていたとされる未発表アルバム自体の音源がついに日の目を見ることになったのは、まさに「ミレニアム」を迎えた後の2001年のことだった。

さてそのアルバム自体は「Passionfruit」のタイトルどおり、トロピカルなアレンジでハリー・ベラフォンテの「バナナ・ボート・ソング」や「アイコ、アイコ」といった有名曲をカヴァーしたものや、73年リリースのカート唯一のソロ作「ゼアズ・アン・イノセント・フェイス」の延長線上にあるややレイド・バックしたウエスト・コースト・ポップで、ファンにとっては十分に楽しめる内容である。僕と同じようにレコード・コレクターなんていう難儀な趣味を持っている人には同意してもらえると思うのだけれど、有名アーティストの未発表曲なんていうものは未発表のままにしておいた方がよかったんじゃないか、と思えるものが多い(笑)。しかし2000年以降になって一挙に放出されたカート・ベッチャー関連の未発表音源(サジタリアス・ミレニアムの前身・ボールルームやソロ関連「ミスティ・ミラージュ」「チキン・リトル・ワズ・ライト」など)は、どうしてこんなものが未発表のままだったのか、というようなクオリティの高いものが多く、驚かされたものだ。

カリフォルニアというプロジェクトが行き詰まってしまったのは、ゲイリー・アッシャーによればカートが当時流行していたディスコ・サウンドに傾倒するようになったからだそうで。前回ブルースのソロ「ゴーイング・パブリック」のレビューには「パイプライン」のディスコ調カヴァーの悪評がつきもの、と書いたけど、ビーチ・ボーイズの79年のアルバム「L.A.(ライト・アルバム)」も、必ず「ヒア・カムズ・ザ・ナイト」のディスコ調セルフ・カヴァーの悪評の話になる(笑)。で、この「ヒア・カムズ・ザ・ナイト」をプロデュースしたのが誰あろうカート・ベッチャーである。

「Brand New Old Friends」はその「Passionfruit」の収録曲である。ブルース・ジョンストンが曲を書いてカート・ベッチャーがリード・ヴォーカルを執っている。この今までありそうでなかったコラボレートが実に素晴らしい。曲自体はブルースの「歌の贈りもの」や「エンドレス・ハーモニー」(ビーチ・ボーイズの80年のアルバム「キーピン・ザ・サマー・アライヴ」に収録)と同じピアノ弾き語りによる美しいバラード。こういうのを聴かされるにつけ、やはりカート・ベッチャーという人の魅力はその声なんだよなあ、としみじみと思う。

ということで、ハイ・ラマズ熱から始まってブルース・ジョンストン熱になって、今度はカート・ベッチャー熱と、僕の中の音楽インフルエンザ・ウィルスは変異を続けて熱が治まる気配がない(笑)。

ザ・ミレニアム「ビギン」



一般に「ソフトロック(=60年代後半〜70年代前半にかけてのビーチ・ボーイズ直系の美しいコーラスとハーモニーを持ったグループ)」というとロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズやハーパース・ビザール、アソシエイションやサークルといったところが筆頭に挙げられると思うのだが、最近ではここにカート・ベッチャーのミレニアムやサジタリアスが並べて語られることも多いようで、カート・ベッチャー・マニアとしては嬉しい限りである。と同時に20年くらい前からカート・ベッチャー・マニアをやっている(笑)人間としては、昨今の再評価や未発表音源リリースには隔世の感がある。まさかゴールドブライアーズ(カートがサジタリアス、ミレニアムの前にやっていたフォーク・グループ)やミシェル・オマリー(サジタリアスのアルバムでいくつかの楽曲を共作している女性シンガー)のアルバムまでCDリイシューされるとは夢にも思わなかった。つくづくいい時代になったものだなあ、と思う。やはりこの再評価においてはフリッパーズ・ギター(小沢健二と小山田圭吾)やピチカート・ファイヴの小西康陽(彼が書いた最も有名な曲は「慎吾ママのおはロック」)、中村一義(現100s)らカート・ベッチャーの「良き理解者」の功績は大きいのだろうな。まあ実際に最も尽力したのは長門芳郎(音楽評論家)なんだろうけどさ(笑)。

個人的には冒頭に挙げたいくつかのソフト・ロック・グループの中でもカート・ベッチャーのサジアタリアスとミレニアムはもう「別格」というくらいの思い入れがある。カート・ベッチャーの音楽を聴いてから数え切れない程のソフト・ロック・グループのレコードを聴いたのだけれど、結局サジタリアスやミレニアムを超える音楽に巡り会うことは出来なかった。カート・ベッチャーという人の音楽の何がそこまで僕を惹きつけたのか、というと彼がゲイリー・アッシャー(ビーチ・ボーイズの多くの代表曲の作詞を手がけた人物)やブルース・ジョンストン(後期ビーチ・ボーイズのメンバー)を通して実際に「本家」ビーチ・ボーイズと関わりがあった、というのはやはり大きい。またサジタリアスやミレニアムが他のソフト・ロック・グループとは違ってややサイケで硬派なロック寄りのグルーヴを持ち合わせていた、というのも特に惹かれた要因のひとつ(ミレニアムの「ビギン」ではビーチ・ボーイズだけでなくドアーズやローリング・ストーンズからのアイデアの拝借が聴かれる)。そしてカート・ベッチャーのコーラス・アレンジはその複雑さにおいて他のソフト・ロック・グループとは一線を画している。「複雑さ」という点では「本家」ビーチ・ボーイズを凌いでいる、と言っても過言ではないのではなかろうか。この複雑なコーラスワークはビーチ・ボーイズというよりはむしろMFQ(モダン・フォーク・カルテット)やママス&パパスなどに通じるフォークソングをやっていたゴールドブライアーズ時代に培ったものなのだろう。

さて前置きが長くなったが、そのカート・ベッチャー率いるミレニアムが唯一残したアルバムが「ビギン」(68年リリース)である。まれにプログレッシヴ・ロックのアルバムと評されることもあるらしい(笑)。たしかにアルバム一枚を貫いているコンセプトというかスキーム(曲間がない、または非常に短い)はまさにプログレのそれだ。前述したようにややサイケ風味で60年代後半という「時代」の息遣いが感じ取れる。しかし楽曲そのものはポップでキャッチーで親しみやすいメロディを持つ「歌とコーラス」が中心で、変な言い方かもしれないが特に日本人の心に響くタイプの音楽であると思う(実はカート・ベッチャーは幼い頃父親の仕事の関係で日本に滞在していた。その経験をもとにゴールドブライアーズ時代には「Haiku(俳句)」なんて曲を作っていたりする)。

以前ブログでプロコル・ハルムの「マグダレーン」という曲は自分の所属するレコード会社のレーベル名を連呼する変な歌だ、と書いたが、「マグダレーン」を聴いて真っ先に思い出したのがこのミレニアムの「ビギン」の最後の曲「Anthem」である。この曲も「Columbia CBS」と彼らが所属するレコード会社のレーベル名を連呼するだけで終わる短い曲なのだ(こちらの方が短くてよりCMのジングルっぽい曲)。そして曲のタイトルはその名も「Anthem(賛歌)」(笑)。レーベル賛歌は当時の流行りだったのかな?

「デザート・アイランド・ディスク」という言葉があるけど、ミレニアムの「ビギン」は僕にとっての「デザート・アイランド・ディスク」ではない。なぜならわざわざ無人島に持って行かなくてもいつでも脳内再生できてしまうからである(笑)。

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