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  • 2016.04.03 Sunday
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「ブラザーズ・イン・アームズ」ダイアー・ストレイツ

JUGEMテーマ:音楽

 
僕は今年で40歳になるので世間で言うところのいわゆる「厄年(前厄)」にあたるのだけれど、実際まさに厄年まっしぐら(笑)という感じで今年の初めからいろんな災厄に見舞われていて、とうとう8月にはちょっと体調を崩して生まれて初めての入院を体験してしまった。まあ前向きに考えればちょうどいい夏休みをもらった、くらいのものなのだけれど。で、入院中は特にすることもなくヒマなので、i-podを持ち込んで音楽ばかり聴いていた。特によく聴いていたのがダイアー・ストレイツとルネッサンスなのだけれど、今回はダイアー・ストレイツを。この先僕はこの夏の入院の日々を、マーク・ノップラーの爪弾くギターの音色とともに思い出すことになるのだろうな。

なにゆえ今さらダイアー・ストレイツなのか?というと、きっかけは先日リリースされたジミー・ウェッブの新アルバム「ジャスト・アクロス・ザ・リヴァー」である。

「ウィチタ・ラインマン」や「恋はフェニックス」と言った自身のペンによるヒット曲のセルフ・カヴァー集なので96年リリースの「テン・イージー・ピーシズ」の続編といった内容なのだけれど、グレン・キャンベルやビリー・ジョエルなど多彩なコラボレート・ゲストを迎えてファンにとっては期待通りのしみじみと胸に染みるいいアルバムになっている。ここにゲスト参加しているのがダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーで、僕が洋楽に興味を持ち始めた15の頃以来およそ25年ぶりに(笑)聴いたそのギターと歌声に、もう一度ダイアー・ストレイツを聴いてみたい、と思ったのだった。このアルバムのライナーノーツでウェッブ自身が全てのゲストに対してコメントしているのだけれど、グレン・キャンベルに対しては「彼の歌声を聴くと自分のシンガーとしての限界を思い知らされる」と言う一方で、ノップラーのことは「大げさでもなく見せかけでもない彼の歌声を聴いて自分もそのように歌いたいと思った」と語っている。これが「彼の歌を聴いて自信を持った」なんてことになると誉めてるんだか貶してるんだか分からなくなってしまうんだけど(笑)。

ちょうど僕が洋楽に興味を持ち始めた85年にメガ・セールスを記録していたアルバムがダイアー・ストレイツの「ブラザーズ・イン・アームズ」だった。当時の僕はCDプレーヤーどころかアナログ・レコード・プレーヤーさえ持っていなかったので、購入したカセット・テープ(!)をラジカセで繰り返し聴いていたことがその印象的なジャケットとともに懐かしく思い出される。それにしてもヒット・シングル「マネー・フォー・ナッシング」のイントロの一度聴いたら忘れないギターのリフのキャッチーさには今聴いても目がくらむ思いである。同じ頃ヒットしたヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」のシンセのイントロと並んで80年代ヒット洋楽の記憶に残るリフレインと言っていいだろう。

しかし基本的にダイアー・ストレイツというバンドはそのボブ・ディランに近い歌唱スタイルといい、ブルーズやC&W、フォークと言ったアメリカのルーツ・ミュージックに根差した渋い音楽性といい、一聴するとおよそコマーシャルとは言いがたい。でも1st「ダイアー・ストレイツ」から4th「ラヴ・オーヴァー・ゴールド」やノップラーが音楽を担当した映画「ローカル・ヒーロー」のサントラを改めて聴いてみて思ったのは、「適度にドラマ性があってロマンティックで叙情的」というのもノップラーが作り出す音楽性のもうひとつの重要な側面なんだよな、ということである。例えば「ローカル・ヒーロー」のテーマ曲なんか聴くとデヴィッド・フォスターの映画音楽さえ思い起こしてしまうくらいだし、「ブラザーズ・イン・アームズ」収録の「愛のトリック」のマイケル・ブレッカーのサックス・ソロなんか今聴くと照れくさいくらいだし(笑)、ヴィブラフォン弾いてるのはマイク・マイニエリだし。

ダイアー・ストレイツというバンドは強烈なインパクトを持つ1stヒット・シングル「悲しきサルタン」でブレイクした後、4thアルバム「ラヴ・オーヴァー・ゴールド」でその音楽性を完成させ、5thアルバム「ブラザーズ・イン・アームズ」のメガ・セールスで”あがった”、ということになるんだと思うのだけれど、個人的には初期の「疾走する切なさ」を持ちながらも着実に「成熟」へと向かっている時期の3rdアルバム「メイキング・ムーヴィーズ」が一番好きだ。

ソロになってからのノップラーは、原点回帰と言うべきか幾分ケルト色を強める(「ローカル・ヒーロー」をはじめとする彼が手掛けたいくつかの映画音楽で既に聴かれていたものだ)のだけれど、基本的な音楽性というのは以前と変わらないまま、今でもコンスタントに胸に染みるいいアルバムをリリースし続けてくれている。

我々の世代には懐かしいティナ・ターナーの「プライヴェート・ダンサー」も、実はマーク・ノップラーの書いた曲。「ラヴ・オーヴァー・ゴールド」の延長線上にある名曲である。マイケル・ジャクソンの「スリラー」、プリンスの「パープル・レイン」、ヴァン・ヘイレンの「1984」、「フットルース」や「「フラッシュ・ダンス」のサントラ。何もかもみな懐かしい(笑)。遠い記憶の片隅にあった、ただのおっかないオバサンとしか思えなかった(笑)女性シンガーの歌っていた曲が、長い年月を経て再び重要な意味を持ち始めるのだから、いつも言うことだけれど音楽というのは本当に楽しいですねえ。途中に入るギター・ソロはノップラーによるものではなく、何とノップラーと同じフィンガー・ピッキング奏法のジェフ・ベック御大です。


「スタイリスティックス登場」スタイリスティックス

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スタイリスティックスと言うと最近ではちょっと前のキムタクの整髪料のCM「♪I can give you "Gatsby"」が印象的ですね。熱心なファンにはこの曲をはじめヴァン・マッコイ・プロデュースによるディスコ期のスタイリスティックスは不評だが、僕は結構嫌いじゃないです(笑)。あとは彼らを代表するヒット曲「誓い(You Make Me Feel Brand New)」が収録された3rdアルバム「ロッキン・ロール・ベイビー」も完成度は高い。でも個人的に最も好きなのはこのデビュー・アルバム「スタイリスティックス登場」である。まあソウル・フリークにとってソウル・ミュージックはロックと違ってアルバム単位で語るものではない、ということになるんだろうけれど。

このデビュー作は後にマーヴィン・ゲイ&ダイアナ・ロスの歌唱で大ヒットすることになる「ユー・アー・エブリシング」のオリジナルが収録されていることでも有名なアルバムだと思うが、個人的には何と言ってもかのプリンス殿下もカヴァーした名曲「ベッチャ・バイ・ゴリー,ワウ」ということになる。この二曲の神々しさと瑞々しさが、スタイリスティックスと言えばいつもデビュー作に手を伸ばさせる。

言うまでもなくこのスタイリスティックスのデビュー作も前回ブログに書いたトム・ベルによるプロデュース(楽曲自体も収録曲全9曲中8曲までもがトム・ベル=リンダ・クリードのソングライター・コンビによるもの。リンダ・クリードという作詞家についてもいつか機会があれば書きたい)なのだけど、トム・ベルが書く曲を聴いていていつも思うのは「この人は本当にバカラックが好きなんだなあ」ということである。案の定、と言うべきか以前ブログに書いたデイヴィッド・T・ウォーカーが「黒いジェフ・ベック」なら、このトム・ベルは「黒いバカラック」とも呼ばれているそうで(笑)。

例えば同じくバカラック・フォロワーとして有名な作曲家であるジム・ウェッブ(代表曲はフィフス・ディメンション「ビートでジャンプ」やリチャード・ハリス「マッカーサー・パーク」など)やトニー・ハッチ(代表曲はペトゥラ・クラーク「恋のダウンタウン」やクリス・モンテス「コール・ミー」など)が、どちらかというとバカラックの楽曲の「技巧的な」側面(転調やシンコペーション、変拍子の多用)を再現するのに熱心だったのに対して、このトム・ベルという人はバカラックの楽曲のもう一つの魅力である「泣きのメロディ」という「エモーショナルな」側面の影響が大きいように思う。そしてそれ=スウィートでメロウこそが、トム・ベルというプロデューサー兼ソングライターの最大の魅力なのである。これはトム・ベルと並ぶフィリー・ソウルのプロデューサーのもう一方の雄、ケニー・ギャンブル&レオン・ハフがハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ(♪If you don't know me by now〜)やオージェイズでタフでマッチョでセクシュアルなソウル・ミュージックを展開していたのとも実に対照的である。

バカラックと言えば最近auのCMでペリー・コモの歌唱でヒットした名曲「マジック・モーメンツ」が使用されていて(このCMヴァージョンを歌っているのはあのクレモンティーヌ)、TVを見ていてこの曲が流れてくる度に胸締めつけられる想いである。思い入れの深いアーティストの楽曲がCMソングに使われることを快く思わない向きもあるようだが、僕は(いつも書くことだけれど(笑))、このCMをきっかけにバート・バカラックというポップ・ソングの歴史における偉大な作曲家のことを知ってくれる人がいるのならば、それは素晴らしいことだし、嬉しいことだと思う。この「マジック・モーメンツ」なんかはバカラック・メロディの「泣き」のカテゴリーに属する楽曲の一つですね。他にはかのビートルズもカヴァーしたシュレルズの「ベイビー,イッツ・ユー」とかカーペンターズの「遥かなる影」、ソフト・ロック・ファンには外せないハーパース・ビザールの「ミー,ジャパニーズ・ボーイ」なんかもそう。

キャロル・キングやニール・セダカ、ジェフ・バリーなど同じブリル・ビルディングの作曲家たちがポピュラー・ソングというその名の通り、「親しみやすさ」を強力な武器にしていたのとは対照的に、バカラックの楽曲は先述したように、転調やシンコペーションを多用する洒脱で粋で大人びたところが魅力である。別の言い方をするとポップ・ソングにしては小難しくてとっつきにくい(笑)。でもそれが一度ハマると病みつきになる。けれど実はバカラックはB.J.トーマスの「雨にぬれても」のように誰でも一度は口ずさんだことがあるような(笑)親しみやすい鼻歌交じりの小品を書くのも天才的に上手いんだけれどね。

スタイリスティックスの記事なのにトム・ベルからバカラックの話に逸れちまいましたが(笑)、次回はバリー・ホワイトのラヴ・アンリミテッド・オーケストラについて書こうと思います。あまりに唐突な展開の気もしますが(笑)、セレンディピティの導きの元にちゃんとつながってます。

「友に捧げる唄」ジョン・マーク

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マーク=アーモンドは70年代初めにトミー・リピューマの主宰するレーベル「ブルー・サム」よりデビューしたジョン・「マーク」とジョニー・「アーモンド」を中心とするバンドである。ブルー・サムだからダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックスやクルセイダーズがレーベル・メイトになる訳だが、件のニック・デカロの「イタリアン・グラフィティ」もまたブルー・サムからのリリースだった(ジャケを見返してみると確かにレーベルロゴの青い拇印が押してある)。彼らの2ndアルバム「マーク=アーモンド供廚賄然のようにトミー・リピューマのプロデュースによるものなのだが、意外とトミー・リピューマ色は薄い。時折思い出したようにジャズ風のインプロヴィゼーションが挿入されるのだけれど、これくらいのことは当時のプログレ・バンドは誰もがやっていたことで意外性はない。ジャズっぽいか、というと確かにビリー・ホリデイやサラ・ヴォーンのような古いジャズ・ヴォーカルみたいな雰囲気はある。でもやはり説明の難しい音楽ですね(笑)。「AORの先駆け」なんて評もあるようだが、確かに後のアラン・パーソンズ・プロジェクトあたりはこのマーク=アーモンドの影響をかなり受けているはずだ。

マーク=アーモンドのバイオグラフィを見ると、ジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズに在籍していたとか、マリアンヌ・フェイスフルのアルバムをプロデュースしていたとか、エンジニア&プロデューサーがブルース・ボトニックだとか、そのバイオから連想されるのはエリック・クラプトンやミック・ジャガーやジム・モリスンといった当時のロックのメインストリームの(少々コワモテな)ビッグネームたちである。しかしその音楽性はこうしたビッグネームたちが演っていた音楽とは似ても似つかない。そのバイオにおいて最も妥当と思われるのは、ジョン・マークがキャット・スティーヴンスのバンドのギタリスト、アラン・デイヴィスとジョン&アランというユニットを組んでいた、ということくらいか。

彼らの音楽性を最もよく表しているのは、3rdアルバム「復活」の冒頭に収録された曲「マンデイ・ブルーソング」だろう。まるでエンニオ・モリコーネの映画音楽を思わせるようなジョニー・アーモンドによる哀しげなフルートとトランペット(キング・クリムゾンの「アイランド」でのメル・コリンズの名演をちょっと想起させる)の長いイントロに続いてジョン・マーク独特のしわがれたウィスパリング・ヴォイスが詠い始めるその歌詞はこうだ。

「マンデイ・ブルー。それが彼女の名前だった」

これがアルバムのオープニング曲なんである(笑)。うーん、シビれる(笑)。このジョン・マークという人の書く曲というのは、その弾き語りが中心のフォーク調の作風といい、人名や地名など固有名詞が多く使われる歌詞の着想といい、歌詞を読んだだけですぐにその情景を思い浮かべることのできる叙情性(リリシズム)といい、僕の大好きなジム・ウェッブを思い起こさせるところがあって、そこがまたいい。

この「友に捧げる唄」はジョン・マークが75年に発表したソロ・アルバム。「友に捧げる唄」と言ってもキャロル・キングの「君の友達」のようなのどかな友情賛歌ではない。原題は「Songs For A Friend/Bird With A Broken Wing Suite」とある。直訳すると「一揃いの折れた翼を持つ鳥」となる。インナー・スリーヴのジョンのコメントにはこう書かれている。

「僕が『一揃いの折れた翼を持つ鳥』と呼んでいたこのコレクションの中に、君たちが「君たち自身」の一部を見つけてくれるようなことがあればいいな、と思う」

収録曲「影とひとりぼっち」の歌詞を読めばジョンが歌う「友達」の意味が分かる。

「僕は一人ぼっちで僕の影と一緒に座っている。今となっては影だけが僕のたった一人の友達なんだ」

またジョンは家族についての歌も多く歌っているのだが、これも全然アットホームではない。マーク=アーモンドの「復活」の収録曲「不死鳥」にはこんな歌詞が登場する。

「お父さん、許してください。あなたの息子はふたたび死のうとしているのです」

そして「友に捧げる歌」の収録曲「Old People's Homes」の歌詞はこうである。

「私たちだってあなたをそこへ送り込みたくはないのだけどわかってほしいのよ/ジムの今の給料ではどうしようもないの/「毎週会いに来るから」と彼らは言った/しかしいくら待てども彼らはやって来ない/「さよなら、パパ、ママ。離れていても愛しているよ。これは誠実な気持ちでしたことなんだ。誠実に。心を込めて」

そう、「Old People's Homes」とはそのままズバリ「老人ホーム」についての歌である。およそポピュラー・ソングの歴史において、老人ホームをテーマにした曲などあっただろうか?(笑)

この「友に捧げる唄」の紙ジャケ再発のライナーノーツには渚十吾なる人物のいささか情緒過多でポエティックに過ぎる解説が寄せられているのだけれど、この独特の文体にはどこか見覚えがあるな、と思っていたら日本の再発レーベルの良心マスクラット・レコードからこちらも先頃めでたく再発となったオハイオ・ノックス(元フィフス・アヴェニュー・バンドのピーター・ゴールウェイのソロ・プロジェクト)の解説を書いているのもこの人だった。たしかに「弾き語りが中心のシンガーソングライター」というざっぱくな意味においては共通点がない訳でもないが、マーク=アーモンドとピーター・ゴールウェイではもうOSが違う、という感じがする。まあブリティッシュかアメリカンか、という根本的な差異がある訳だけど。

その後マーク=アーモンドは78年にふたたびトミー・リピューマのレーベル「ホライズン」からリピューマ・プロデュースによりアルバム「アザー・ピープルズ・ルーム」を発表するのだが、ここにはマイケル・フランクスの名曲「ヴィヴァルディーズ・ソング」のあまりに美しすぎるカヴァーが収められている。実はこの曲はリピューマがマーク=アーモンドに歌わせるためにフランクスに発注したのではないか?って思うくらい(笑)。

しかしマーク=アーモンドには、ここ1年くらい続けている「プログレ補講」(笑)の履修過程で辿り着いてもおかしくはなかったはずなのだが、つい聴きそびれてしまっていたなあ。まさか平井堅から辿り着くとは夢にも思わなかった(笑)。

で、同じリピューマのレーベル、ブルー・サムのミュージシャンを調べていたら、これまた聞き覚えのある名前に突き当たったのである。ベン・シドラン。彼についてはまた次回。

ジュビリー、歓びとは

夜中にふと目が覚めるので、どうして目が覚めたのだろう?と不思議に思うと、枕が濡れている。泣いていたのだ。何か悪い夢を見たという訳でもなく、ただ泣いていて、幼い頃に母親に連れられて行ったデパートで迷子になってしまって泣きじゃくっていた時と同じような、鼻の奥の方がジーンと痛い感じだけが残っている。

僕は普段からあまり感情というものを表に出さない人間なのだけれど、おそらく人間は誰しも感情を吐露する機会が必要なのだろう。僕の場合は普段日常生活においてそれが為されないので、睡眠中にこういうことが起こるのかもしれない。以前はこんな風に泣きながら目が覚めることは数ヶ月に1回くらいしかなかったのだけれど、最近では二週間に一度くらいはこういうことがある。

ジム・ウェッブ(彼については何度もブログ内で書いたはずなので興味のある方は検索して頂きたい。たぶん「ジム」とも「ジミー」とも書いたりしてるので「ウェッブ」でお願いします(笑))が書いた曲に「Crying In My Sleep」という曲があって、そんな風に泣きながら目が覚める度にこの曲のことを思い出す。

「目が覚めたら泣いていた/僕は君の枕に向かって話しかけていたんだ/そして君の手に触れようとしてナイトスタンドの電話を落としてしまった/交換手が言う/『ご用件は?』/『いや、別に用事はないんだ。こんな夜中に。ただちょっと悪い夢を見ただけなんだ』」

英語の元の詞ではちょっと洒落が利いていて、「May I "help" you please?」という慣用句の質問に対して、「No thanks,baby,tonight there ain't no "help" for me」と答えている。「こんな夜には僕に「Help」なんかないよ」という意味でもあるのだけど、僕の拙い英語力(というか「日本語力」か)ではこの訳が精一杯だなあ。

うつ、と言うと本当に病気で悩んでいる人に叱られるだろうけれど、何事にも意欲というものが湧いてこないのはいったいどうしたものだろう。それはただ単にお盆という鎮魂の時節柄、考えが及んでしまっただけなのかもしれないが、今ここで自分が死んでしまったとしたら自分の人生というものは、いったいどういうものだったのだろう?などとふと考え込んでしまったりする。「我が人生に悔いなし」というと聞こえはいいけど、今もし自分がいなくなったとしても路頭に迷う妻子がいる訳でもなし(笑)、親孝行を全然できなかったのは心残りだけれど、これについては親にはその分あの世で親孝行するから、と言ってある(笑)。たった一つだけ心残りがあるとすれば、とうとう中日ドラゴンズの日本一を見ることが出来なかったことくらいなんだけれど(笑)、そもそも中日ドラゴンズは52年間も日本一になっていない訳だからこれは僕だけではなく数多くのドラゴンズ・ファンが抱える無念でもある。

こんな風にダウンな気持ちのときに、先回書いたくるりの「ジュビリー」の歌詞は胸に響いた。6年前、彼らは「ワンダーフォーゲル」という曲でこんな風に歌った。

「ハローもグッバイもサンキューも言わなくなって/こんなにもすれ違ってそれぞれ歩いてゆく」

そして今、彼らはこう歌う。

「Jubilee/歓びとは/誰かが去るかなしみを/胸に抱きながらあふれた/一粒の雫なんだろう」

以前ブログで「僕の人生のテーマは『贖罪』である」と書いたけれど、この歌のタイトルにもなっている「ジュビリー」という言葉の意味をいろいろと調べるほどに、僕はこの歌のことが好きになっていった。

そんな訳で、こういう時こそブログ書いてみよう、と。書きたいことがあるからブログを書く、というんじゃなくて、とにかくみっともなくたって何だっていいからブログ書くとこから始めよう、と。しばらくはお見苦しい点が多々あるかと思いますがお許しを。

ジョン・サイモン「ジャーニー」



前回の記事がジェリー・イエスターについて書きたい、という気持ちだけが先行してしまって書く手がついていってない情けないものだったんで少し追記。

ジェリー・イエスターが在籍していたMFQ(モダン・フォーク・カルテット)というバンドについては先日ブログに書いたカート・ベッチャーが面白い言及をしている。「(自らのバンド、ゴールドブライアーズは)かなり斬新な形のフォークっていうのかな(中略)のちにママス&パパスに至った音楽の始まりが僕たちの音楽だったんだ(中略)唯一、比較できるとしたら西海岸のMFQくらいかな」。MFQが残した最も有名な曲はおそらく「This Could Be The Night」(ハリー・ニルソン作曲!フィル・スペクターのプロデュース!!)だろう。山下達郎がカヴァーしたことでも有名。

ラヴィン・スプーンフルについてはベスト盤くらいは聴いたことがある人がいるかもしれないが、やはりジェリー・イエスター・プロデュースのラスト・アルバムからのヒット曲「彼女はミステリー」や「シックス・オクロック」は、「魔法を信じるかい?」や「デイドリーム」といったのどかなドリーミー・ポップの中で明らかに浮いている。一言で言えば暗い。憂いを帯びたブラスやストリングスのアレンジを多用した音楽性への変貌に当時のファンは戸惑ったことだろう。

ロック・クラシックの名盤を数多く手がけてきたプロデューサーによる自身のソロアルバムが、通好みの名盤として密かに高い評価を得ている、という意味ではジェリー・イエスターはジョン・サイモンに似ているかもしれない。ジョン・サイモンの最も有名な仕事と言えば何といっても当時のロック・シーンに多大な影響を及ぼしたザ・バンドのデビュー作「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」のプロデュースだろう。他にもジャニス・ジョプリン、サイモン&ガーファンクル、ブラッド・スウェット&ティアーズと言った大物アーティストからザ・サークルのようなソフトロック・グループまでもプロデュースしている。

ジョン・サイモンのソロとしての1stアルバム、その名も「ジョン・サイモンズ・アルバム」(70年作品)は、まさに「裏ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」とも言うべきまっとうなロックのアルゴリズムに則ったアルバムだったが、今回紹介する2ndアルバム「ジャーニー」(72年作品)はゴリゴリのジャズ。僕がこの2枚のアルバムと出会ったのはいつも書くように(笑)学生時代のことだが、当時は1stはすぐに愛聴盤となったのだが2ndの方は「何だかすごいアルバムだということは分かる」と感じただけで(笑)、残念ながらあまり聴くことがなかった。そんなアルバムが今になって俄かに意味を持ち始める訳だから、レコード・コレクターなんていう難儀な趣味(笑)を持っていて本当に良かったと思う。こういう音楽が胸に染み入るようになった、ということは歳をとったということなのか、ただ単に最近疲れているだけなのか(笑)。まあプログレ補講のおかげでカンタベリー系(ソフト・マシーン、ハットフィールズ)をはじめ多くのジャズ寄りのロック・ミュージックを聴く機会が増えた、というのが一番大きいのだろうけど。ただこのアルバムを聴いていて僕が思い出したのはプログレ系のジャズ寄りミュージシャンではなくてスティーリー・ダンあたりかな。

多くのプロデューサーズ・アルバムやコンポーザーズ・アルバムがそうであるように、バックのミュージシャンは錚々たるメンツで凄い演奏を聴かせてくれているのだけれども、本人のヴォーカルは実に拙い。だがその拙さがいい。絞り出す高音さえも味だ。大瀧詠一やジム・ウェッブなんかを思い出してしまった。

拙いヴォーカルで思い出したのだけど、キャメルのアルバムがコンプリート目前。で、90年代(「ハーバー・オブ・ティアーズ」以降)のアルバムを聴いているとアンディ・ラティマーの声ってのも意外に味があっていいんだよね。以前ブログで「ヴォーカルがイマイチ」と書いたが前言撤回させていただきます(笑)。

ベガーズ・オペラ「パスファインダー」



72年リリースのベガーズ・オペラの3rdアルバム。おそらくプログレ・マニアの間ではキーフの不思議で美しいアルバム・ジャケットの1st「アクト・ワン」の方が評価が高いのだろうが、ポップス方面から来たプログレ入門者の僕には(笑)この「パスファインダー」の方がしっくりくる。とは言え最近では同じキーフのジャケットつながりでクレシダとかアフィニティとかコロシアムあたりにまで手を出してしまっているから、僕も「プログレヶ原の樹海」のかなり奥深くまで彷徨いこんでしまったようである(笑)。

プログレと構えて聴き始めるとまず冒頭の「HOBO」でいい意味で肩透かしを喰う。あまりにも唐突なポール・マッカートニー節(笑)。バロック調のキーボードは否が応でもエミット・ローズを思い出してしまう。もちろん宅録1人多重録音のエミット・ローズにはこれほど重厚な演奏を聴かせるのはムリなんだが。さらに言うとベガーズ・オペラがプログレらしからんのは歌。上手すぎ(笑)。70年代後半以降のブリティッシュ・ハード・ロックやヘヴィ・メタルにプログレが大きな影響を与えているのは周知の事実だが、このベガーズ・オペラみたいな歌の上手いプログレ・バンドはもはやまっとうなハード・ロック・バンドと言っていいのではないか。より下世話になったEL&P(笑)というか。あるいはヴァニラ・ファッジあたりを想起させる。おそらくベガーズ・オペラというバンドを評するのには語りつくされた言葉だとは思うのだけど、あえていま一度親愛の情を込めて言わせていただくと(笑)B級でチープでジャンクなバンドだと思う。愛おしくなるくらいに(笑)。僕はもともとビートルズよりもバッドフィンガーやパイロットみたいな似非ビートルズのB級バンドが好きだったりするんで、こういうバンドはど真ん中ストライクです(笑)。

さてこのアルバムの白眉は何と言っても2曲目の「マッカーサー・パーク」。言わずと知れたリチャード・ハリスが歌って大ヒットした曲のカヴァーである。ドナ・サマーの悪名高きカヴァーが有名(笑)だが、この曲は大仰に歌えば歌う程良さが出てくるという不思議な歌なので(笑)、ベガーズ・オペラのように大袈裟に歌い上げることのできるヴォーカリストがいるバンドには最適の歌ではある。おそらくこの歌を歌うのに最も適したシンガーはフランク・シナトラかトム・ジョーンズのどちらかではなかろうか(笑)。曲を書いたのは僕のフェイヴァリット・コンポーザーの1人ジミー・ウェッブ(フィフス・ディメンション「ビートでジャンプ」やグレン・キャンベル「恋はフェニックス」など数多くのヒット曲で有名)。ジミー・ウェッブについてはまた日を改めて書きたいと思います。ジミー・ウェッブという人は稀代のメロディメイカーであると同時にとても文学的で美しい表現の詩を書ける詩人でもある(村上春樹がエッセイで「恋はフェニックス」の翻訳をしたりもしている)。この「マッカーサー・パーク」の歌詞も、聴いているだけでその情景が浮かんでくるような美しい歌詞である。ただ、比喩的表現が多く難解なのも事実で、以前ブログで紹介したプロコル・ハルムの「青い影」同様、日本語訳する気持ちが沸々と湧いてくる訳し甲斐のある歌詞でもある(笑)。自分なりの訳に挑戦させていただく。

「春は決して僕らを待ってはくれなかったね/僕らがダンスをしながら追いかけようとしても/それはいつも僕らが手を伸ばしたほんの少し先にあった/僕らはいつも一緒だった/まるで本のページの間にはさまれたように/愛という熱のアイロンで押し当てられたストライプのズボンのように/

マッカーサー・パークが夕闇に溶けていく/グリーンの甘い砂糖衣もみんな溶けて流れ落ちてしまった/誰かが雨の中にケーキを忘れていったんだ/僕にはそのケーキを拾うことはできない/焼き上げるのにとても時間がかかるから/それに僕はそのレシピを二度と思い出すことができないんだ/

君の膝の上で波を描いている黄色のコットン・ドレス/君の手の中の幼い赤ちゃんのような小鳥たち/木のそばでチェッカーをする老人たち/僕はそんな風景を思い出す/

またいつか僕の歌える歌が現れるさ/またいつか誰かが夢を持ってきてくれるよ/僕はワインがまだ温かいうちに飲むよ/太陽に目が眩んでも君に捕まりはしない/この先どんな恋をしたとしても/君だけは特別なんだ/

僕は自分の人生を意のままにするだろう/人々は僕を崇拝のまなざしで見つめるがそれも長くは続かないだろう/僕は自分の欲しいもの手に入れるだろう/そして僕の情熱は川の流れのように空からこぼれ落ちるだろう/この先どんな恋をしたとしても/僕は君の事を考えているだろう/それが何故かもわからないまま」・・・拙訳 by豊満ランドオー

まあ普通に考えれば失恋した男が公園で物思いに耽っている歌、ということなんだろうけど、文字通りに解釈して「勤めていたパティスリーをクビになったパティシエが公園のベンチで落ち込んでいる歌」と捉えてみるのもまた一興(笑)。

PS:
「60’Sポップスからプログレまで幅広いジャンルの良質なYou Tube動画をピックアップしてブロードキャストする現代のウルフマン・ジャック、はたまたレスター・ザ・ナイトフライ」9ch氏と、僕の未履修科目プログレ補講における先生と言える「弱冠15歳のプログレ少女」ぷにえ嬢に特別な謝辞を捧げたいと思います。お二人がいなければベガーズ・オペラという愛すべきバンドに巡り会うことはなかったでしょう。ありがとうございます。お二方のサイトへは右→のサイドバーの「links」から飛べます。

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