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  • 2016.04.03 Sunday
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Sunken Condos/Donald Fagen

 
前作「Morph The Cat」から6年ぶりとなる本作「Sunken Condos」を最初に聴いたときの感想は「そうそう、これだよ、これ。これを早く聴きたかったのよ」というものだった。ドナルド・フェイゲン自身はソロとしての過去3作「The Nightfly」〜「Kamakiriad」〜「Morph The Cat」をトリロジー(三部作)と位置付けているようだが、我々スティーリー・ダンのファンにとってはダンの最高傑作「Aja」と同じサウンド・コンセプトで制作された「Gaucho」、「The Nightfly」こそが三部作と呼ぶべきもので、良く言えば本作はその頃に戻ったような、悪く言えば過去作の焼き直しのような印象を受ける(多くの熱心なファンは「この曲のピアノはあの曲」とか「この曲のブラス・アレンジはあの曲」とか元ネタ探しに余念がないだろう)。前にも書いたと思うけど、個人的には僕は「下手に冒険されるくらいなら拡大再生産してくれた方がいい」というタイプの人間なので(笑)、本作の方向性は大歓迎。本作に至るまでのフェイゲン関連の作品、すなわち「The Nightfly」とはガラリと方向転換してリズムに傾倒した「Kamakiriad」、スティーリー・ダンを再結成してグラミー賞まで獲った「Two Against Nature」〜「Everything Must Go」、父の死がテーマだった「Morph The Cat」は、それぞれに聴けば聴くほど味わい深い素晴らしい作品ばかり(ここにウォルター・ベッカーのソロ2作品を加えてもいい)だったけれど、「Aja」〜「Gaucho」〜「The Nightfly」三部作とは明らかに異なる方向性を持つアルバムばかりだった(それはあくまでサウンド・コンセプトの違いであって、よく言われるような「才能の枯渇」といった類のものでは断じてない)。それだけに本作の「あの頃に戻った感」がこの上なく嬉しい。

本作を「The Nightfly」のよう、と思わせる要因の一つにカヴァー曲が収録されている、ということがある(アイザック・ヘイズの「Out Of The Ghetto」。「The Nightfly」ではドリフターズの「Ruby Baby」をカヴァーしていた)。アイザック・ヘイズのカヴァー自体はフェイゲンの趣味を考えればいかにも、というものなのだけれど、選曲が60年代後半〜70年代前半のヘイズの黄金期からのチョイスではなくて70年代後半のディスコ期の曲、というのが首を傾げたくなるのだが、どうやらフェイゲンはこの曲の歌詞が気に入っているらしい。

「俺はお前をゲットー(貧民街)から連れ出した/でもお前の中からゲットーを取り除くことはできなかった」(Out Of The Ghetto)

とてもシンプルなのに深い。ブラック・ミュージシャンのメッセージ性にはいつもドキリとさせられる。ちなみに原曲に興味がある人にはこの曲が収録されているアイザック・ヘイズ「New Horizon」の2011年リマスター盤をオススメします。マシュー・コブ氏の「いかにバリー・ホワイトがアイザック・ヘイズをパクったか?」という私怨丸出し(笑)の長文のライナーノーツが大変面白くて読みごたえがあるので。

歌詞で言うならフェイゲンのオリジナル曲の歌詞もいい。父の死がテーマということでどうしても重苦しくならざるをえなかった前作とは一転して、これも「The Nightfly」の頃のハードボイルドなダンディズムが戻ってきているように思う。自分の彼女が若い男(the new breed)とデキて出て行ってしまう「The New Breed」なんかはまるで「Hey Nineteen」(19歳の女の子をナンパするオヤジの歌(笑))の後日談のようでもあるし、「君がいなくなって生まれ変わった」と強がる男の歌「I'm Not The Same Without You」もいかにもフェイゲンらしくて面白い。本作のマテリアルのいくつかはもともとスティーリー・ダンの新作のためにウォルター・ベッカーの元に持ち込んだのだけれど、ベッカーから「詞の内容があまりにパーソナルだからソロにした方がいい」と提案された、という裏話があるようだが、なるほど、と思わせる歌詞の世界観になっている。あとジャケット・デザイン(海に沈んだコンドミニアム)からは環境破壊の進んだ近未来を連想したりもするのだが、そんなこちらの安易な想像を見透かしたかのようにフェイゲンはこう歌う。

「Mr.ゴアの言うように/世界中の異常気象は修復可能なのかもしれないが/そんなことより俺の頭の中の天気を何とかしてくれよ」(Weather In My Head)

この「Weather In My Head」なんか聴いていると思うのだけれど、スティーリー・ダンやフェイゲンの曲の多くはシンプルなブルーズなのに全くもって泥臭さみたいなものが感じられなくて、洒脱で洗練されている。僕はエリック・クラプトンでさえあまり好んで聴かない(笑)人間だし、トッド・ラングレンが2011年にリリースしたロバート・ジョンソンのカヴァー集も、トッドのやることには大抵寛容であるトッド・フリークの僕でさえ正直しんどかった(笑)のだけれど、フェイゲンのブルーズは抵抗なく聴くことができる。昨年出版されたダンの研究本「スティーリー・ダン〜Aja作曲術と作詞法」(ドン・ブライハウプト著)の中にも「ブルーズはポップ・ミュージックのもっとも重要な成分だ」というフェイゲンの言葉が登場する。これ以外にも多くの金言・格言が登場するこの研究本は、スティーリー・ダン・マニアならきっと楽しめる内容になっているので、フェイゲン最新作と併せて読むことをオススメします。ブライハウプト氏の「ラリー・カールトンの全作品をひっくり返してみても、記憶に残るという点では、スティーリー・ダンの<滅びゆく英雄>で弾いたソロに匹敵するプレイは見つからないのだ」というカールトンに関する記述については、言いたいことは分かるが少々言い過ぎではないか(笑)という気がしないでもないけど。自分は「夜の彷徨」を始めとするカールトンの諸作も割と好きなんで(笑)。



「アフターマス」ザ・ローリング・ストーンズ

 

久しぶりにストーンズの66年作「アフターマス」を聴いてみて思ったのは、「ストーンズってこんなにポップだったっけ?」ということだった。ザ・フーの「アンダー・マイ・サム」のカヴァーをきっかけにストーンズの60年代のアルバム(いわゆるデッカ/ロンドン時代)を一通り聴き直してみて改めて感じたのだけれど、僕にとってのストーンズっていうのはソングライター・コンビとしての「ジャガー=リチャーズ」の魅力なんである。レノン=マッカートニーがいわゆるブリル・ビルディングのソングライター・コンビたち(バカラック=デヴィッド、マン=ウェイル、ゴフィン=キング、バリー=グリニッチなど)と並び称されるべきポピュラー音楽の偉大な作曲家であることは衆目の一致するところだと思うが、このジャガー=リチャーズも同じように語られるべきだろう。

70年代に入ってアメリカのスワンプやサザン・ロックへの近接とともにストーンズは楽曲の良さを前面に押し出す、というよりは独特な演奏の「間」とグルーヴで聴かせるロック・バンドへと変貌していく訳だけれど、この世間一般認識で黄金期とされるいわゆる「70年代型ストーンズ」というのが僕にはどうもピンと来ないんですねえ。アルバムで言うと「ベガーズ・バンケット」以降ということになるけれど。以前山下達郎がビートルズについて「僕にとってのビートルズは初期の頃がすべて。『サージェント・ペパーズ』以降何がいいのかサッパリ分からなくなった」というようなことを語っていたけれど、自分にとってはまさにストーンズがそんな感じですねえ。60年代ストーンズのポップさというのは、もちろんプロデューサーのアンドリュー・ルーグ・オールダムのフィル・スペクター風味の味付けというのも大きいとは思うのだけど。

で、そんな訳で60年代ストーンズをおさらいしているときにちょうどタイミングよく雑誌「レコード・コレクターズ」誌で「ローリング・ストーンズ ベスト・ソングス100」なる企画をやっていたので早速購入して読んでみたのだが、何でなんだよ。何で僕の大好きな「The Singer Not The Song」が100位以内に入ってないんだよ(笑)。で、総合ランキングの元になった音楽ライター25人の個人ランキング・リストを眺めていたら一人だけ「The Singer Not The Song」を挙げていた人がいた。萩原健太サン(笑)。自分がこの曲を初めて聴いたのは実はアレックス・チルトンのカヴァー・ヴァージョンなんだが、そういえばチルトンのアルバムの国内盤の解説を書いていたのも健太サンだったっけ。健太サンも言い訳がましく(笑)書いておられる。「好きな曲は古いのばかり。現役バンドの聴き手としては(ストーンズの)あまりいい聴き手ではないと思います」と。自分も以前ニッキー・ホプキンス絡みで「ゼア・サタニック・マジェスティーズ」について書いた時に「ストーンズについては門外漢」と書いたけれど、70年代以降のストーンズが鬼門である、ということにはやはり後ろめたさを感じずにはいられないのです。

「フーズ・ネクスト」ザ・フー

 
ザ・フーの一連のアルバムを買い直すのにあたっていくつかの通販サイトを調べていたら、ちょうどディスク・ユニオンに「トミー」「フーズ・ネクスト」「セル・アウト」「ライヴ・アット・リーズ」のそれぞれデラックス・エディションSHM-CD紙ジャケ4タイトルまとめ買いセット:特典収納ボックス付き、なるものがあったので、迷わずポチりました。1セット税込16,800円也は少々値が張りますが、ブリティッシュ・ロックを代表するバンドの全盛期のアルバムが、ヴォリュームたっぷりのボーナス・ディスクや読み応えのある詳細なブックレット、思わずワクワクしてしまう紙ジャケ、デフジャケのオマケも付いてこの値段なら高いとは思わない。

今回改めてザ・フーの一連のアルバムを聴き直して驚いてしまったのは、この71年リリースの名盤「フーズ・ネクスト」が実は「トミー」に続いて制作される予定だったがオクラ入りになってしまったコンセプト・アルバム「ライフハウス」のためのマテリアルの一部であった、ということである。もちろんただ単に僕が不勉強なだけなんだが(笑)、少なくとも僕が20年以上前に購入した「フーズ・ネクスト」のCDのライナーノーツにはそんなことは一切書いてなかった。このアルバムに収録されている「The Song Is Over」という曲はこの曲でピアノを弾いているニッキー・ホプキンスについて書いたときに触れたけれど、僕はこの曲のコーダの部分が好きだった。そのコーダの部分というのが実は元々「Pure And Easy」という別の曲だった、ということも今回初めて知った次第である(その「Pure And Easy」ももちろんこのデラックス・エディションにボーナス・トラックとして収録されているし、オフィシャル・リリースとしては編集盤「オッズ&ソッズ」やピートのソロ作に収録されている)。いやはや楽しいですねえ。オフィシャルとしてリリースされた名盤には実はオクラ入りになった未発表のマテリアルがたくさん存在していた、っていう。それはあたかもビーチボーイズ・マニアの我々が「スマイル」を通して経験した奇跡にも似ていて。

今回ザ・フーを聴き直すにあたっていろいろな関連サイトを見て回った際にマニアックかつコレクター気質なサイトが多いなあ、と感じたのだけれど、こういう「裏事情」を知るとそりゃコレクター魂に火が付くよなあ、というのも分かる気がする。しかし今でこそこうしてアルバムを買えば自動的にボーナストラックとして未発表曲が付いてくる、という幸せな時代なのだけれど、その昔に我々の先輩たちはこの考古学調査とも言うべき遺跡発掘に相当苦労なさったのでしょうね。ご苦労お察しします。

ザ・フーを改めて聴いていて圧倒されるのはやはりその演奏の凄まじさである。キース・ムーンの手数の多い暴れまわるドラム、ジョン・エントウィッスルのメロディを奏でるベース、その後に登場する多くのハード・ロック・バンドの雛形になったロジャー・ダルトリーのヴォーカル、ギタリストとしての演奏自体は地味でもジミ・ヘンドリックスに対抗意識があったというピート・タウンゼントの破壊パフォーマンス。記録映画「キッズ・アー・オールライト」でピートがビートルズについてコメントを求められて「曲は悪くないと思うけど演奏を聴くとガキっぽい、と感じる」と語っているのは自分たちの自信とプライドから来る本心であろうし、ストーンズの伝説のTVショー「ロックン・ロール・サーカス」で演奏するザ・フーを見てブライアン・ジョーンズが自信を喪失してしまった、という逸話もまた真実なのだろう。

で、今回ザ・フーを聴き直すにあたってオリジナル・アルバムには未収録のシングル曲もどうしてもコンプリートしたくなったので、「ザ・シングルズ+10」という2枚組ベスト盤(こちらも2枚のイカした紙ジャケにそれぞれのディスクが収納されている)を購入した。そこにはローリング・ストーンズのカヴァー「The Last Time」が収録されていた。何でも67年にストーンズがドラッグの不法所持で逮捕されてしまったことを受けて支援のために急遽録音・リリースされたという。いい話ですねえ。そのカップリング曲が同じくストーンズの「Under My Thumb」のカヴァーで、こちらは先述の編集盤「オッズ&ソッズ」で聴くことができるのだけれど、やはりオリジナル・ヴァージョンと聴き比べてみようか、と思い、この曲が収録されているストーンズのアルバム「アフターマス」(これも20年以上前に購入したものだ(笑))を引っ張り出して聴いてみた。で、またしても僕はストーンズという偉大なバンドのいったい何を聴いてきたのか、そして何を聴いてこなかったのか、という大変重大かつ深刻な問題に直面することになってしまった訳です(笑)。これについてはまた次回。


「ブリーズ・アウト、ブリーズ・イン」ザ・ゾンビーズ


元ゾンビーズのロッド・アージェントとコリン・ブランストーンのリユニオンによるスタジオ・アルバムとしては01年の「Out Of The Shadows」(この時はゾンビーズ名義ではなかったけど)、04年の「As Far As I Can See」に続く3枚目となる11年リリースの「ブリーズ・アウト、ブリーズ・イン」。前2作は僕のようなゾンビーズ・マニアにとってはこの二人がとにかく戻ってきてくれてコラボレートしてくれただけで満足、というもので、客観的にアルバムとしての評価を考えると、かつて時代を代表するマスターピース(ゾンビーズで言えば68年の「オデッセイ&オラクル」)を残したロックの巨人が、今の時代に新たなファンを獲得できるような内容であったかというと、残念ながらそういう性質のものではなかったと言わざるを得ない(もちろんこれはゾンビーズに限ったことではないのだけれど)。あくまで我々のような熱狂的なゾンビーズ・マニアが、まだまだ彼らが現役で頑張っていることを確認するためのアルバム、という見方が妥当だろうと思う。しかしながら昨年リリースされたリユニオン3作目となるこのアルバムは素晴らしい。何よりも曲がいい。どの曲もクオリティが高く粒揃いで駄曲がない。前2作同様それぞれのソロ作から持ち寄ったマテリアルの再録もいくつかあるのだが、その選曲もいい。特に4.「Shine On Sunshine」はアージェントのアルバム「サーカス」に収録されていた紛うことなきポール・マッカートニー節の涙ちょちょ切れる名曲。個人的にはロッドのちょっと鼻にかかった高い声が好きなので(トッド・ラングレンに似てなくもない)、原曲どおりロッドのヴォーカルで再録してほしかったところだけどコリンの未だ衰えぬ「スモーキー・ヴォイス」による新録ヴァージョンももちろん素晴らしい。アルバムのラストを締めくくる10「Let It Go」の間奏で聴こえてくるオルガンなどはまさしくプロコル・ハルム。僕がロッド・アージェントというキーボード・プレイヤーに惹かれてしまうのは、マシュー・フィッシャーやニッキー・ホプキンスが好きだからかもしれない。

で、このアルバムがあまりに素晴らしかったので、また改めてゾンビーズやロッド・アージェントのソロ作を聴き直すことになり、そこからまた沢山の素晴らしいミュージシャンとそのアルバムに巡り会うことになった訳です。例えばアージェントの後期の作品は時代を反映してフュージョン、ジャズ・ロック寄りの音になっているのだけど、こういうのもいいなあ、と思いながらそのテのアルバムというのは僕はほとんど持っていなくて(笑)、たしかこの辺が近い感じじゃなかったっけ?とかろうじて思い出したのがビル・ブラッフォードの1stソロ作「フィールズ・グッド・トゥ・ミー」だった。ちょうどイエスにハマっていた頃に「一通りメンバーのソロ作も聴いておかなきゃ」と思って購入したもののいまいちピンと来なくて(笑)、数回聴いただけでレコード棚に眠っていたものである。改めて聴き直したそのアルバムの素晴らしさときたら・・。いつも書くことだが不思議なものである。棚の奥に眠っていたアルバムがふとしたきっかけである日突然自分にとって重要な意味を持ち始めるのだから。

で、そこからビル・ブラッフォードにハマってソロ作や関連作を聴き漁ったのだけれど、ソロ2作目となる名盤「ワン・オブ・ア・カインド」のクレジットに何とロッド・アージェントのキーボード・ショップへの謝辞があって驚いてしまった。ブラッフォードの右腕とも言うべきバンドのキーボード・プレイヤー、デイヴ・スチュワート(元エッグ、ハットフィールド&ザ・ノース)と後に「スチュワート&ガスキン」というユニットを組むことになるバーバラ・ガスキンによると、当時ブラッフォードとガスキンはできたばかりのアージェントの店へよく通っていたという。全く関連性がないと思っていた二人のミュージシャン(アージェントとブラッフォード)が実はつながっていた、というのがまた面白い。

またアージェントの関連作のライナーノーツを読んでいたら、アージェントは何とあのアンドリュー・ロイド・ウェーバーの有名なミュージカル「オペラ座の怪人」や「キャッツ」でキーボードをプレイしていた、とある。まるで知らなかった。何でもウェーバーがアージェントのソロ・アルバムを気に入って自身のアルバム「ヴァリエイションズ」(これにはジョン・ハイズマンやゲイリー・ムーア他コロシアム兇離瓮鵐弌爾盪臆叩L照廚任后砲寮作に招いたのがきっかけだという。ここからまた僕はアンドリュー・ロイド・ウェーバーにハマってしまって「ジーザス・クライスト・スーパースター」や「エビータ」など一連の作品を聴いたのだが、まさか自分がミュージカルのアルバムを聴き漁ることになるとは夢にも思わなかった(笑)。

そしてアージェントがゲストとして参加したアルバムにザ・フーの'78年作「フー・アー・ユー」がある。もちろん僕はロックの義務教育課程として(笑)、ザ・フーの60年代後半から70年代前半にかけての代表的なアルバムは全て若い頃に聴いていたのだけれど、この「フー・アー・ユー」はまだ聴いたことがなかったので、アージェントをきっかけに改めて聴いてみることにしたのである。実際に聴いてみたそのアルバムは、もちろん全盛期の諸作に比べると輝きに欠けるものかもしれないけれど、決して悪くないアルバムだった。そこでザ・フーも今一度聴き直してみよう、と思ったのだが、僕の所有しているCD(すべて20年以上前に購入したもの(笑))はみな音が悪い。で、調べてみるとザ・フーもオリジナル・アルバムの多くがリマスター&多くのボーナス・トラック付きデラックス・エディションでリリースされている。そういう訳でザ・フーの諸作を一通り大人買いして(笑)、聴き直すことにした訳です。これについてはまた次回。



We can be Heroes just for one day

 

終わっちゃいましたね、オリンピック。と4年前と全く同じ書き出し()ではじめてみましたが(笑)。今回は開催地がロンドンということでブリティッシュ・ロック好きとしては特に開会式・閉会式に期待していたのですが、期待に違わぬ素晴らしいものでした。特にここ最近は奇妙なセーレンディップの導きによりデヴィッド・ボウイばかり聴いていたので、開会式のイギリス選手団入場の際に"Heroes"が流れてきたときは「こう来たか」という驚きと感動がありました(てっきりクイーンだとばかり思っていたので)。

まず開会式については僕はいわゆる情報弱者で(笑)、「どうやらポール・マッカートニーが『ヘイ・ジュード』を歌うらしい」というくらいの事前情報しか知らなかったので、むしろ新鮮な驚きと感動を持って見ることができた。まずオープニングの映像でチラッとピンク・フロイドの「アニマルズ」の豚が飛んでいるのを確認してニヤリとしたのも束の間、エマーソン・レイク&パーマーでお馴染み(笑)の「エルサレム」でガツンと来て、たたみかけるように「ダニーボーイ」が流れる(ビートルズの「ワン・アフター・909」の最後でジョン・レノンが口ずさんでいた「ダニーボーイ」。村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で重要な役割を果たす「ダニーボーイ」。最近ではケルティック・ウーマンがカヴァーした「ユー・レイズ・ミー・アップ」というコーラス曲として有名になった「ダニーボーイ」)。すると「チューブラー・ベルズ」のイントロが聴こえてきて、まさかの生マイク・オールドフィールドが。「エジンバラ・キャッスル」や「アート・イン・ヘヴン」のライヴDVDで見たのと変わらぬ元気そうなお姿で。いやあ、早起きした甲斐がありました。ミスター・ビーンの「炎のランナー」もさもありなん、という選曲でしたが、作曲者のヴァンゲリスがオリンピック発祥の地であるギリシャ人だというのも何かの縁でしょうか。そしてクライマックスの花火が打ちあがる感動的なシーンでピンク・フロイドの「狂気」のラストに収録されている「Eclipse」が流れる。この曲の公式プロモ・ヴィデオ・クリップにしてもいいんじゃないかと思うくらいいい映像でした。

それに比べると閉会式の方はレイ・デイヴィスが登場して名曲「ウォータールー・サンセット」を歌うところで「おっ」となったものの、ピンク・フロイドの「あなたがここにいてほしい」もニック・メイスンだけで、マイク・ラザフォードの客演はありがたかったけどよく知らないシンガー(失礼)の歌で「炎」とはいかずに不完全燃焼。「閉会式は開会式に比べたらイマイチだったな」と思っていたところにザ・フーですよ。ストーンズやゼップを待っていた方も多いでしょうがやっぱりザ・フー。これが正解。

デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」については今回のオリンピックでクイーンの「We Are The Champions」みたいな使われ方をしたことについて、熱狂的なボウイ・ファンの間では否定的な意見もあるのだろうし(歌詞の内容は字義通りの英雄讃歌ではないんだよ、みたいな)、この曲のタイトル・クレジットが"Heroes"とクォーテーション・マーク付きになっていることの意味についても考えなきゃならないのだろうけど、そういうことは今回のオリンピックでボウイに興味を持ってくれた人たちがこれからゆっくりと考えていってくれればいい訳で。我々ボウイ・ファンとしては今回のオリンピックでこのボウイの名曲が広く世に知られることになったのをまず素直に喜びましょう。

冒頭に「最近デヴィッド・ボウイばかり聴いていた」と書いたけど、最近はほとんどブリティッシュ・ロックばかり聴いていて(まさかこの歳になってビートルズやストーンズを改めて聴き直すことになるとは思いもしなかった(笑))、何でこういうことになったのかな?と記憶を辿っていくと行き着いたのが昨年リリースされたゾンビーズのニュー・アルバム「ブリーズ・アウト、ブリーズ・イン」だった。次回はそのアルバムについて。

誰かが私からすべてを奪い去ったとしても/誰も私の尊厳を奪えやしない


3つ前のこの記事()に書いたホイットニー・ヒューストンの86年の全米No.1ヒット曲「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」の詞を書いたのはリンダ・クリードでした。以前この記事()で「リンダ・クリードという作詞家についてもいつか機会があれば書きたい」と書きましたが、まさかこういう形で書くことになるとは思いませんでした。

フィリー・ソウルの偉大な作曲家トム・ベルとのソングライター・コンビ(ベル=クリード)としてスタイリスティックスの「誓い」や「ユー・アー・エヴリシング」など多くのヒット曲を手がけていたリンダは、77年にモハメッド・アリの自伝映画「アリ・ザ・グレイテスト」のために「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」の詞を書き下ろしました(この時のオリジナルはジョージ・ベンソンの歌でヒット)が、実はこの時彼女は乳がんを発症していました。その後86年に当時まだ新人シンガーだったホイットニー・ヒューストンによってカヴァーされたこの曲は全米No.1ヒットとなる訳ですが、リンダはその数週間前にがんの再発のために36歳の若さで亡くなりました。ホイットニーの曲がNo.1になるのを見届けることはできませんでした。

詞の内容は死を覚悟したリンダが遺される夫や子供たちに宛てた手紙のようにも思えます。

 「未来は子供たちのためのもの/私はそう信じている/子供たちによく教えてあげましょう/未来を切り開いて行けるように/誰にだってみんないいところがあるんだ、って教えてあげましょう/誇りを持たせてあげればいいだけのこと/子供たちの笑い声が/昔の私たちのことを思い出させてくれるでしょう/

誰もがヒーローを探しているわ/人には尊敬できる誰かが必要/でも結局私の期待に応えてくれる人なんて見つからなかった/寂しいことではあるけれど/私は自分ひとりの力で生きて行くことを学んだの/

ずっと昔に私は決めたの/誰かの影に隠れて歩くのはやめよう、って/私が失敗しようと成功しようと/少なくとも私は思いのままに生きていくわ/誰かが私からすべてを奪い去ったとしても/誰も私の尊厳を奪えやしない/

何よりも素晴らしい愛が私の中に生まれたから/何よりも素晴らしい愛を自分の中に見つけたから/それを手に入れるのは簡単なこと/自分自身を愛せるようになること/それが何よりも素晴らしい愛なのよ/

もし万が一あなたが夢見ていた場所が/辿り着いてみたら寂しい場所だったとしても/きっと愛があなたの支えとなるでしょう」〜The Greatest Love Of All(拙訳:豊満ランドオー)


晩年のホイットニーがこの歌を歌うとき、その歌詞は彼女の胸にどのように響いたのでしょうか?

ご冥福をお祈りします。

The Greatest Love Of All

JUGEMテーマ:音楽
昨年病気で入院してからちょうど1年が経つ訳だけれど、それ以後1年近くブログの更新もせず(笑)、もう音楽を聴かなくなってしまったのか?というとそんなことは全然なくてむしろ真逆で、病気をする前以上にたくさんの音楽を聴いている。この十数年で言うと間違いなく一番音楽を聴いているように思う。不思議なものである。病気をする前は音楽については正直もう聴きたいものはだいたい聴いちゃったかな、というある種の「手詰まり感」さえ感じていたのだけれど、病気をしたことがきっかけで、自分の人生にとって最も大切な趣味である「音楽」と再び真剣に向き合うことができて、自分にはまだまだ聴くべき音楽が山ほどあるということを思い知らされたのだから。

 で、一年前に書いた最後のブログで次はオランダのフォーカスについて、と書いたけど、あまりに時間が空きすぎてしまった(笑)のとその間にあまりにも色んな音楽を聴いてきたので、1年ぶりのブログ復活はとりあえず最近聴いているものから。ホイットニー・ヒューストンです。 

我々の世代には懐かしいですね。ちょうど洋楽を聴き始めた80年代中頃に流行っていたアルバム「そよ風の贈りもの」。ただ当時の僕は何と言ってもまだ中学生だったので、このアルバムから連発したヒット曲「Saving All My Love For You」、「The Greatest Love Of All」、「All At Once」などの曲のことを心の底では密かにいい曲だなあ、と思いながらも、「ケッ、売れ線の音楽なんて聴けるか」と(笑)ホイットニー・ヒューストンを聴くことはなかった。しかし何でまた今さらホイットニーなのか、というそこに辿り着くまでのいきさつについていつものように(笑)。

これもまた話すと長くなる(笑)紆余曲折を経て「ハッスル」で有名なヴァン・マッコイを聴いていたら、ダイアナ・ロスの「Touch Me In The Morning」をカヴァーしていて、これがとても良かったのである。もちろん音楽鑑賞を趣味とする人間のある種の「教養」として(笑)、このダイアナ・ロスのヒット曲のことは知ってはいたのだけれど、果たしてこんな良い曲を書いたのはいったい誰なのか?と確かめてみたらそこに「マイケル・マッサー」という名前があったのである。その名前には聞き覚えがある。ちょうどトミー・リピューマの仕事をいろいろ掘っていた時に聴いたジョージ・ベンソンにいくつかのヒット曲を書いていたソングライターである。その曲こそが後にホイットニー・ヒューストンの歌で全米NO.1ヒットになる「The Greatest Love Of All」であり、「Nothing's Gonna Change My Love For You」(この曲もまたG.ベンソンの曲というより我々の世代にはグレン・メディロスというハワイ出身のシンガーのヒット曲として馴染み深い。以前書いたけど「One of the most famous wedding song」)なのである。 で、このマイケル・マッサーというソングライターの仕事に興味を持って色々調べてみたのだけど、ああ、あの名曲もこの人の書いた曲だったのか、といういつもの目からウロコ、何というセレンディピティ状態(笑)。

例えばロバータ・フラック&ピーボ・ブライソンの「愛のセレブレイション(Tonight I Celebrate My Love)」(この曲も日本では小柳ルミ子さんとその元ダンナさんのおかげで結婚式の定番曲として有名ですね)、ダイアナ・ロスの「マホガニーのテーマ(Do You Know Where You're Going To」(我々の世代にとってネスカフェのCMソングと言えばロバータ・フラックの「やさしく歌って」ではなくこちらの方)、ナタリー・コールの「Miss You Like Crazy」(これもパーラメントのCM曲。バブル期の記憶とともに思い出されます(笑))、そして先述したホイットニー・ヒューストンの数々のヒット曲(「Saving All My Love For You」、「The Greatest Love Of All」、「All At Once」、「Didn't We Almost Have It All」)などなど。

そのマイケル・マッサーが一人のアーティストをアルバム1枚まるまるプロデュースした作品がダイアナ・ロスの「To Love Again」 、アメリカの女性ソウル・シンガー、ステイシー・ラティソウの「I'm Not The Same Girl」、フィリー・ソウルの雄ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツのリード・シンガー、テディ・ペンダーグラスの「愛の贈りもの」の3枚。いずれもマイケル・マッサー節とも言うべき荘厳で美しい映画音楽を思わせるバラード曲(僕の好きなソングライターではバリー・マンの書く曲に近い)や、誰もが口ずさみたくなるポップでキャッチーなシンガロング・ソングが中心の名盤揃いである。中でもステイシー・ラティソウなんかはリリース時期で言えば先述したホイットニー・ヒューストンのデビュー・アルバムとちょうど同時期なのだけれど、僕はこの歳になるまでこの女性シンガーの存在さえ全く知らなかった。何でもっと早く教えてくれなかったんだよ、という思いである(笑)。

その3枚のうちのテディ・ペンダーグラスのアルバムにはホイットニー・ヒューストンとのデュエット曲「Hold Me」が収録されている。この曲はホイットニーのデビュー・アルバム「そよ風の贈りもの」にも収録されているのだけれど、このアルバムに並ぶホイットニーのキラ星のごとき多くのヒット曲の中にあってはいささか地味な印象を受ける。しかしながら、テディ・ペンダーグラスのアルバムを通して聴くと、そのしっとりと落ち着いたアルバム全体の雰囲気に溶け込んでいて、まるで違う曲のような印象さえ受ける。ホイットニーのアルバムでしかこの曲を聴いたことがない人には、是非テディ・ペンダーグラスのアルバムを聴いてほしい、と思う。片やソウル・シンガーの母(シシィ・ヒューストン)と従姉妹(ディオンヌ・ワーウィック)を持ちスカウトした社長(クライヴ・デイヴィス)のレコード会社(アリスタ)から鳴り物入りでデビューした日の出の勢いの若き女性シンガーと、片やかつて有名なコーラス・グループに在籍し、交通事故により車椅子での余生を余儀なくされた男性シンガー。あまりにも対照的な2人のシンガーのデュエット曲を、それぞれのアルバムで聴き比べてみるとある種不思議な感慨が湧いてくる。

さて、このマイケル・マッサーの書いた曲の中で、この日本で一番有名な曲はホイットニーのヒット曲でも「愛のセレブレイション」でもなくて、おそらくはこの曲でしょう。



僕も小学生の頃からプロレス大好き少年だったので(笑)、もはや魂の名曲と言ってもいい言わずと知れたアントニオ猪木の入場テーマ曲。元々はマイケル・マッサーが映画音楽を担当したモハメド・アリの伝記映画「アリ・ザ・グレイテスト」(77年公開)のテーマ曲で、同じくこのサントラに収録されていたのが先述したジョージ・ベンソンの「The Greatest Love Of All」という訳です。しかし面白いものですね。結婚式の定番ソングとも言うべきムードたっぷりの美しいバラード曲を得意とする作曲家が、一方ではこういう血湧き肉踊る曲を書いている訳ですから。これだから音楽は楽しい。

「フィジカル・グラフィティ」レッド・ツェッペリン

JUGEMテーマ:音楽




前回の記事の補足。以前マーク=アーモンドのジョン・マークのソロの記事で「後のアラン・パーソンズ・プロジェクトはマーク=アーモンドの影響を受けているはずだ」と書いたが、今回のAPPの紙ジャケ・リイシューのライナーノーツに「エリック・ウルフソンはマリアンヌ・フェイスフルに曲を書いていた」とある。その記事にも書いたけどジョン・マークもマリアンヌ・フェイスフルのプロデュースをやっていた訳で、僕は全く知らなかったのだけれどやはりこの二組のアーティストは思わぬところで繋がっていたことになる。面白いですね。

今にして思えば僕が初めて変拍子の洗礼を受けたのはレッド・ツェッペリンの「ブラック・ドッグ」だったのかもしれない(笑)。ゼップは高校生の頃にまさしくロックの義務教育課程として(笑)、その「ブラック・ドッグ」が収録された4thアルバムまではひととおり聴いていたのだけれど、僕の中でのレッド・ツェッペリンというロック・バンドはそこで終わっていたのである。それから20年の歳月を経て「ヒプノシスのジャケを愛でたい」という偶然の動機から、5th「聖なる館」からラスト「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」までの紙ジャケ・リイシューSHM−CDを大人買いして(笑)聴いてみた訳なのだが。正直これほどまでのロックの歴史における偉大な諸作を聴かずして、僕はいったいロックの何をエラそうに語っていたのか?と、己の不明を恥じ入るばかりである。内心忸怩たる思いとはまさにこのことである。

なかんずくこの6thにあたる「フィジカル・グラフィティ」。2枚組というヴォリュームを全く感じさせずに最後まで一気に聴く者を圧倒する迫力。そのうえ収録曲の多くが過去のアルバムから漏れたいわゆる「ボツテイク」なのだと言うから驚きである。この時期レッド・ツェッペリンというロック・バンドがそのアーティストとしてのクリエイティヴィティのピークにあったことをうかがわせるエピソードである。月並みな言い方で恐縮だが「ロックのすべてがここにある」とでも言うべきか。実際その後のロック・ミュージックにこのアルバムからの引用が数多く見受けられるのは一聴瞭然である。

そういう意味では、まだロックの右も左も分からなかった高校生の頃にこのアルバムを聴くのではなくて、いい歳こいたオッサンになってしまった(笑)今になって、これまでの人生の中で様々な音楽を聴いてきた後になって、この「フィジカル・グラフィティ」を聴くというのも、それはそれで悪くはないような気もする。高校生のとき以来久しぶりに真剣に聴いてみたゼップだが思いのほかポップでキャッチーな印象。ゼップというバンドはとにかく「ジミー・ペイジのひらめきのリフ一発でつかみはOK」というバンドだと思い込んでいたのだけれど(笑)、もちろんそれだけではない。高校生の頃には重かったブルーズもこの歳になって聴くと胸に染みたりもして(笑)。

例えば日本ではJポップのバンド、B’zさんの「BAD COMMUNICATION」という名前の曲として知られている(笑)「トランプルド・アンダー・フット」なんかは、言われているようにドゥービー・ブラザーズの「ロング・トレイン・ランニング」からの引用であるのは明らかだろう。「ダウン・バイ・ザ・シーサイド」はまんまニール・ヤングだし。そんな風に「ハード・ロックの始祖」とまで言われるオリジナルなバンドが「無邪気」と言ってもいいくらい自分達の好む音楽への憧憬というかリスペクトを表明しているのが面白いと思う。ブルーズやトラッドなどへのしつこいくらいの執着とかもね。

で、ラスト・アルバムの「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」なんかを聴いていると、ジョン・ポール・ジョーンズという人物がこのバンドの中で果たしていた音楽的な役割に興味が湧いたのである。ライナーノーツを読むと過去には僕の大好きな10ccのグラハム・グールドマンと仕事をしていた、とある。かの偉大なハードロック・バンドのベーシストが「アイム・ノット・イン・ラヴ」の10ccと、などと考えると意外な気もするが、そもそもジミー・ペイジがゼップの前に在籍していたバンド、ヤードバーズの最大のヒット曲「フォー・ユア・ラヴ」の作曲者がグラハム・グールドマンだった訳で、関連はあった訳である。ライナーノーツにはもうひとつ意外なことが書かれていて、かのローリング・ストーンズの名曲「シーズ・ア・レインボウ」でストリングス・アレンジを手がけていたのがジョン・ポール・ジョーンズだという。そこで「シーズ〜」が収録されているローリング・ストーンズのアルバム「ゼア・サタニック・マジェスティーズ・リクエスト」を聴いてみたのですが・・・。そこで僕はまたしても不思議なセーレンディップの導きにより運命の出会いをしてしまった訳です。その話はまた次回。しかしこの歳になってレッド・ツェッペリンだのローリング・ストーンズだの「ロックの義務教育課程」の未履修が次々と判明しております(笑)。プログレ未履修どころの騒ぎではないね(笑)。

「アイ・イン・ザ・スカイ」アラン・パーソンズ・プロジェクト

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今まで眞鍋かをりが座っていたはずの席に、いつの間にか優木まおみが座りかけているのが最近ちょっと気になる豊満ランドオーです(笑)。

アラン・パーソンズ・プロジェクト(以下APP)というといつも思い出すのは、アイドル全盛時代のその昔「明星」というアイドル雑誌があって(懐かしいね)、当時のアイドルたちがよく聴いているアルバムの特集記事が載っていたことがあった。多くのアイドルは当時流行っていたマイケル・ジャクソンの「スリラー」やワム!の「メイク・イット・ビッグ」や大滝詠一の「イーチ・タイム」なんかを挙げていたのだけれど(時代、ですね)、その中で中森明菜や小泉今日子をはじめ何人かのアイドルが挙げていたのがAPPのベスト盤だった。まあ何というか「女の子ウケ」しそうな音楽ではある(笑)。

確かに「ドント・アンサー・ミー」や「アイ・イン・ザ・スカイ」などAPPの代表曲の多くは耳あたりの良いポップ・ソングなのだけれど、アラン・パーソンズ自身が「ピンク・フロイドの「狂気」について訊かれなかったインタビューはない(笑)」と語っているように、あの歴史的なアルバムのエンジニアとして世に名前を知られるようになった人物らしく、初期の頃にはかなりプログレ寄りの音作りをしていた。僕は個人的にピンク・フロイドから堅苦しい理屈を取っ払ってファンタジーをまぶしたのがキャメルだと思っているのだけれど(笑)、そこに甘いシュガーコーティングを施したのがAPPとでも言うべきか(笑)。まあコアなプログレ・マニアにとってはAPPなんか全然プログレではないんだろうけどね。

そんな風にAPPを聴くきっかけは「'80年代AORポップスのヒットメイカー」だったり「あの『狂気』のエンジニアが作ったプログレ・プロジェクト」だったり、というのがほとんどでしょうね。僕のように、愛すべきビートルズ直系パワー・ポップ・バンドのパイロットのメンバーがレギュラー・メンバーとして参加しているから、とか、これも愛すべき「ワンマン・ビーチ・ボーイズ」クリス・レインボウが準メンバーとして多くの曲でリード・ヴォーカルを執っているから、という人間はごく少数派なのでしょう(笑)。僕も大好きな元ゾンビーズのコリン・ブランストーンが参加しているから、と言う人は結構多いかもしれない。そう言えば先述のキャメルの80年代のアルバムにはパイロットのメンバーやクリス・レインボウがゲスト参加しているのですよね。これもまた何かのセレンディピティ(笑)。

僕がピンク・フロイドの「狂気」を初めて聴いたときにまずビックリしたのは、70年代初期の録音とは思えない、まるで古さを感じさせない「音の良さ」だった。それはアラン・パーソンズが関わったもうひとつの歴史的な仕事であるビートルズの「アビイ・ロード」にも同じことが言える。他にも僕が好きなところではアル・スチュアートの一連の作品やロイ・ウッドの初ソロ「ボウルダーズ」、先述のパイロットの1stアルバムなど、この人がプロデュースしたアルバムはとにかく音がいい。非常に現代的な「いい耳」を持ったエンジニアだったのだと思う。

APPの大きな魅力のひとつは「ドント・アンサー・ミー」を始めとする彼らのヒット曲の多くでリード・ヴォーカルを執っているAPPのメイン・コンポーザー=エリック・ウルフソンの声なんですよね。甘くて優しくて繊細でソフト。まあ単純に僕の好み、ってだけですが(笑)。ちょうど僕が高校生のときにあのAPPの新曲「ライムライト」がリリースされる、と知って早速FMラジオでエア・チェックしたのだけど、聴こえてきたのは僕の期待していたあの優しいヴォーカルではなくて何だか随分しわ枯れた野太い声だったのでがっかりした覚えがある(笑)。しかしそれから20年以上の時を経て、その「しわ枯れた野太い声」の持ち主=ゲイリー・ブルッカーがかつて在籍していたバンド、プロコル・ハルムは僕にとってかけがえのないバンドになっている訳だから、人生というのは何というセレンディピティの繰り返しなのでしょうか(笑)。

昨年リリースされたAPPの紙ジャケ・リイシューにはファンにとっては萌える(笑)ボーナス・トラックが数多く収録されているのだけれど、この代表作である「アイ・イン・ザ・スカイ」には名曲「オールド・アンド・ワイズ」のエリック・ウルフソンのヴォーカルによるデモ・ヴァージョンなんていう「萌え死に」しそうな(笑)ボーナス・トラックが収録されている。もちろんオリジナル・ヴァージョンであるコリン・ブランストーンの、彼のキャリアの中でも最高のパフォーマンスのひとつと言っていい名唱も素晴らしいのだけれど、実は僕はこの曲のエリックのヴォーカルによるヴァージョンも聴きたかったので。惜しむらくはデモ・ヴァージョンゆえにメル・コリンズの泣けるサックスが入ってないことなんだけど、エリックの声を聴けただけでもありがたい。

あとこのアルバムのベスト・トラックは「静寂と私」。彼らの代表曲「アンモニア・アヴェニュー」と同タイプの、彼らのアルバムに必ず1曲は用意されているクラシックなピアノ弾き語りのバラード。もちろんヴォーカルはエリックである。

で、このAPPの一連の紙ジャケ・リイシューを手にして、「ああ、やっぱりヒプノシスのジャケはいいなあ」と思って、APPのちょっと前にリリースされていたレッド・ツェッペリンの紙ジャケ・リイシューも購入したのだった。そしてそれがまた新たなセレンディピティの始まりでもあったのだけれど、その話はまた次回以降に。

「ムーギー供廛沺璽・”ムーギー”クリングマン

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ごぶさたです。みなさんお元気ですか。僕は何とか生きてます(笑)。ここは「ブログ」ではなくて「不定期更新のアルバムレヴューのページ」ということでどうかひとつ(笑)。

音楽も聴いてます。一番最近買ったアルバムはローリング・ストーンズの「レット・イット・ブリード」です(笑)。あとはジェフ・ベックとかクイック・シルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスとかレッド・ツェッペリンとか。普段聴いてる好みの音楽とはまた随分と「OSの違う」音楽だなあ(笑)、と我ながらに思いますが、これもちゃんと不思議なセーレンディップの導きによるものなのです(笑)。カンの鋭い人、というか音楽知識の豊富な方はああ、アレだな、とお気づきかもしれませんが。これについてはまた追い追いと。今回は完全に僕の守備範囲真正面のゴロであるマーク・”ムーギー”クリングマンについて。

マーク・”ムーギー”クリングマンという名前は意外と聞いたことある、なぜか記憶の片隅に引っ掛かっている、という人もいるかもしれない。実はこの人、トッド・ラングレンのかの名盤「サムシング/エニシング」に収録されているダウン・トゥ・アースな名曲「ダスト・イン・ザ・ウィンド」を書いた人なのである。初期のトッドのアルバムやユートピアのアルバムでキーボード・プレイヤーとして重要な役割を果たした人物で、自らもソロ作品をいくつか残している。盟友であるトッドとの共同プロデュースで、印象的なアルバム・ジャケットともどもコレクターズ・アイテムとしても有名なのは72年リリースの初ソロ「ムーギー」の方かもしれない(こちら↓)。



今回紹介するのは78年にオランダのみでリリースされた(!)というまさに幻の2ndアルバム。昨年めでたくCDリイシューされ、ボーナストラックには件の「ダスト・イン・ザ・ウィンド」のセルフ・カヴァーも収録されている。初ソロの方も72年という「時代」を感じさせる(ダウン・トゥ・アースでスワンプで南部風)名盤なのだが、2ndも78年という時代を感じさせる微妙にAOR、ジャズ、フュージョン風味の音で、女性ヴォーカルをフィーチュアしたチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーみたいな曲があったり、まんまラリー・カールトンの「ルーム335」(と言うかスティーリー・ダンの「ペグ」か)みたいな曲があったりする(笑)。そう言えばこのアルバムにはマハヴィシュヌ・オーケストラ(!)のヤン・ハマー(我々の世代にとっては映画「ビヴァリーヒルズ・コップ」の「アクセルFのテーマ」のヤン・ハマー(笑))がゲスト参加している。終わりなきプログレ補講とトミー・リピューマをめぐるジャズ、フュージョンの旅の過程で辿り着いたマハヴィシュヌ・オーケストラには衝撃を受けました。これについてもまたの機会に。

ただどんなタイプの曲であれこの人が優れたメロディ・メイカーであることに間違いはないので、トッドの「ダスト・イン・ザ・ウィンド」を好きな人には期待通りのアルバムだと言えると思う。元々はベット・ミドラーの為に書かれた「フレンズ」なんかは「ダスト〜」に勝るとも劣らないマークらしいハートウォーミングな佳曲である。ちなみにこの「フレンズ」を共作しているバジー・リンハートはジョン・セバスチャンの「マジカル・コネクション」(ピチカート・ファイヴの名カヴァーを思い出しますね)でヴィブラフォンを演奏していた人。このマーク・”ムーギー”クリングマンを知った人の中には、僕のようにトッド経由ではなくてウッドストック系(ジョン・セバスチャン〜フィフス・アヴェニュー・バンドなど)を経由して辿り着いた人が意外と多いのかもしれない。初ソロの方はまさにそういう趣のアルバムではある。

何だかんだ言って、僕のようなトッド・フリークにはトッドのバック・コーラスが聴こえてくるだけで何でもいい、という部分はある。これを言っちゃうと身もふたもないけど(笑)。

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