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  • 2016.04.03 Sunday
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Roy Wood:The Bagpiper at the Gates of Dawn (ロイ・ウッド:夜明けのバグパイプ吹き)

JUGEMテーマ:音楽

僕にとってのロイ・ウッドというミュージシャンは10代の頃から好きでずっと聴き続けている、まさに自分の音楽趣味の根幹を成すミュージシャンの一人で、あまりに距離が近すぎるものだからちょっと引いて、この人の世間一般での認識・評価みたいなものを客観的に見てみよう、といろいろググってみた。

1.「ポップの魔術師」=彼が自ら率いていたバンドの名前がWizzard(zは2つ重ねる)だったからでしょうか?トッド・ラングレンの音楽性との共通点に言及している人も多いけど、これもトッドが「魔法使いは真実のスター(A Wizard, A True Star)」というアルバムをリリースしていることからの連想でしょう。ビートルズ、ビーチボーイズの影響を受けた1人多重録音のマルチ・プレイヤー、という意味では確かに似ているけど、ロイが演っているようなクラシックからの影響が色濃いシンフォニックな要素や、ジャズやビッグ・バンド的な要素というのはトッドには希薄だし、逆にトッドのソウル・ミュージック志向みたいなものはロイにはほとんどない。トッドはユートピアでThe Moveの「Do Ya」をカヴァーしているけどあれもジェフ・リンの曲だしねぇ。僕はロイもトッドも両方大好きだけどこの2人を似た者同士と思ったことはあまりない。

2.「イギリスの大滝詠一」=これは確かに納得です。アメリカのオールディーズ・ポップスやロカビリーに対する憧憬やフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンド風の音作り、言うまでもなくビーチ・ボーイズへの愛情とかね。こちらもロイの方には色濃いビートルズからの影響というのは大滝さんには希薄なんだけれど。

3.「奇才」=これですねえ、今回僕がこの記事を書こうという思いに駆り立てたものは(笑)。あと「ひねくれポップ」とか「過小評価されているミュージシャンズ・ミュージシャン」なんて評価もあるようですが、これでは聴かず嫌いの誤解を生みそうでマズいなあ、と(笑)。ロイ・ウッドというミュージシャンの本質はとっつきにくくて分かりにくい音楽なんてイメージとは程遠い、とてもポップで親しみやすくてメロディアスな歌なんですよ。切なくて胸締めつけられる泣きのメロディは日本人の琴線に触れる音楽と言ってもいい。ロイ・ウッドはE.L.O.というバンドをジェフ・リンと共に立ち上げた人、という認識も多勢を占めると思うけど、実際には1stアルバムのみでE.L.O.は脱退してしまったわけで、その後ワールドワイドな成功を収めるE.L.O.との比較で言うと、ピンク・フロイドにおけるシド・バレットのような伝説のミュージシャン的扱いを受けるのも分からんではないが、何ならジェフ・リンよりももっと万人受けするような曲を書くメロディ・メイカーだった、と僕なんかは思う訳です。

で、とりあえずそのロイ・ウッド関連で最も有名な曲と言えばこれなんでしょうね。まさにロイ・ウッド節全開。ロイ・ウッドの名前は知らなくてもこの曲は聴いたことある、という人は多いでしょう。クリスマス・ソングの定番曲。
Wizzard 「I Wish It Could Be Christmas Everyday」


でもって、奇才だのひねくれ者だの言われる所以がこの動画でも印象的なメイクだったりするんですが、これはこの時代のこういうグラム・ロックをやっていたミュージシャンの多くがやっていたことで特に奇抜なことでもない。

ロイが60年代に率いていたバンドThe Moveのこの曲なんかも切ない泣きの歌メロが彼らしい代表曲。
The Move 「Fire Brigade」

この曲で聴けるメロディ・センスなんかは同じイギリスを代表するバブルガム・ポップス系の作曲家でその筋では有名なTony Macauleyあたりに通じるものがあるかもしれない。

あとビートルズからの影響色濃いシンフォニック・バラードのこの曲なんかは「裏ペニー・レイン」とでも言いましょうか。
The Move 「Blackberry Way」


シンプルで親しみやすくてキャッチーな曲をもう1曲。
The Move 「Curly」

ロイ・ウッド師匠のリコーダー2本吹きがお茶目です(笑)。この曲を聴くたびについ「♪風まじりの雪まじりの厚いコートには」とカジヒデキ君の「たまごの中の欲望」を口ずさんでしまう訳ですが、あの曲を初めて聴いた時も「オレの大好きなロイ・ウッドをパクりやがって」なんて腹を立てることなんて全くなくて(笑)、それどころかむしろ「よくもまあこんなマニアックな曲を知ってるなあ、偉いなあ」と感心したものです。

ソロ曲では一人ビーチ・ボーイズとでも言うべきこの曲。
Roy Wood 「Forever」


Wizzardなら大滝詠一さんとの類似性を感じずにはいられないウォール・オブ・サウンド風のこの曲。
Wizzard「See My Baby Jive」


有名曲ばかりでもあれですので、ここからは個人的に好きな隠れた名曲を。まずはソロから。
Roy Wood「Wake Up」

牧歌的なんだけど泣けるメロディ、というのはポール・マッカートニー・イズムの正しき継承者、とでも言うべきでしょうか。

次はWizzardから荘厳でシンフォニックなこの曲を。
Wizzard「Wear A Fast Gun」

クラシック音楽からの影響色濃いこういう曲を聴くたびに僕の大好きなミュージシャンではリック・ウェイクマンあたりとの共通性を感じずにはいられないのだけれど、実はリックのソロ作にもロイはゲスト・ヴォーカリストとして招かれたりもしてるんですよね。

ロイ・ウッドのソロ・アルバムとしては1st「Boulders」、2nd「Mustard」、3rd「On The Road Again」までが世評が高いようですが、4th「Starting Up」も決して悪くないです。87年といういかにも時代を感じさせる音作りが絶妙に古臭いのは確かですが、ロイ・ウッド節のメロディ・センスはまるで衰えることなく健在です。
Roy Wood「Raining In The City」


あとはロイ・ウッド作品ではないですが関連曲で名曲を。
Annie Haslam「If I Were Made Of Music」

以前にもルネッサンスのアルバム・レビューで書いたけど、ロイとアニー・ハズラムは一時恋仲にあったんですよね。で、そのアニーのソロ作を全面プロデュースしたのが「不思議の国のアニー」。ちなみにロイ自身のソロ・アルバム同様アルバムのジャケのイラストまでロイ自身によるものです。で、この「私が音楽でできてたら」は個人的にはルネッサンス時代を通しても五指に入る名曲だと思う訳です。「もしも私が音楽でできていたら/それが私の思い/私はあなたが生涯をかけて作る未完の交響曲」なんて歌詞もいい。曲を書いているのはルネッサンスのリード・ベーシスト(笑)であるジョン・キャンプ。ジョンとロイは後にRoy Wood 's  Helicoptersなるバンドを結成することになるのですが、そこからいかにもロイらしい泣きのメロディ炸裂のこの曲を。
Roy Wood's Helicopters「Givin' Your Heart Away」


同じくアニー・ハズラムのソロ作をプロデュースしたり、ジェフ・リンのE.L.O.作品の多くでストリングス・アレンジを手掛けているルイス・クラークのソロ・アルバム「Per-spek-tiv」は、E.L.O.好きならずとも必ず押さえておくべき名盤です。E.L.O.のストリングスの人なんだからそれらしい部分が随所に聴かれるのは確かなんだけれど、E.L.O.を期待して聴くとむしろ肩透かしかもしれない。アルバムA面がPart 1、B面がPart2という全2曲のみ収録のマイク・オールドフィールド「チューブラー・ベルズ」方式と言うか、ジェスロ・タルの「ジェラルドの汚れなき世界」方式と言うべきか(笑)。プログレ風というよりはまるで架空の映画のサントラ盤とでもいうべき映画音楽風の作品で、全編インストなのだけど展開がドラマチックで全く退屈することなく通して一気に聴けてしまう。そして聞き終わった後はまるで一本の映画を見終わった後のような充実感が残る傑作です。壮大な一大音楽絵巻=ミュージック・パノラマとでも言うべきか。その冒頭でいかにも、というエレキ・シタールを弾いているのがロイ・ウッドです。百聞は一聴にしかず、ということでこちらを、と行きたかったのですがYou Tubeから削除されたようで、ニコ動にしかなくそれも残念ながらPart 2のみですが。このアルバムはストリングス・アレンジャーの作品らしくクラシック音楽からの引用が随所で聴かれるのですが、僕にはヴィヴァルディの四季「冬」と、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」くらいしか分かりませんでした。若い頃にもっとクラシック音楽を勉強しておくべきだった(笑)。

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Aviator/Aviator

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遂にこれがCDリイシューかあ。いつもチェックしているディスク・ユニオンのオンライン・サイトのプログレ館「新着予約情報」ページに「世界初CD化!」のニュースを見つけて、久しぶりに興奮して速攻ポチりました(笑)。

僕にとってジャック・ランカスターというミュージシャンはジェスロ・タルつながりのブロッドウィン・ピッグなんかで気になる存在ではあったのだけれど、やはり何と言っても’81年にリリースされたソロ作「Skinningrove Bay」に尽きる。僕は例によって大好きなミュージシャンであるロッド・アージェントの仕事を辿っていた時にたまたまこのブリティッシュ・プログレ・ポップの名盤に巡り会ったのだけれど、このアルバムついてはまたの機会にきちんと書きたい。アージェントの他にもフィル・コリンズ、ゲイリー・ムーア、リック・ファン・デル・リンデン(元トレース)、ミック・ロジャース(マンフレッドマンズ・アース・バンド)、クライヴ・バンカー(ジェスロ・タル)など錚々たるメンツを迎えてロビン・ラムレー(ブランドX、ビル・ブラッフォードのソロなどで有名)プロデュースにより制作されたのだけれど、プログレ、ジャズ・ロック方面の方よりはむしろE.L.O.、10cc、スーパートランプ、パイロットあたりの正統派英国ポップ好きの方にオススメしたい。

その名盤とほぼ同時期(’79年)にリリースされ、同じロビン・ラムレーのプロデュースでメンバーもギターにミック・ロジャース、ドラムにクライヴ・バンカー、とかぶっている(ベースは元キャラヴァンのジョン・G・ペリー。この人もジャズ・ロック好きには重要人物ですね)ので、ぜひ一度聴いてみたいと思っていたのがこのAviator名義での唯一のアルバム。果たして実際に聴いてみたその内容は、これはもう期待通り、というか期待以上です。素晴らしい。いかにもこの時代らしいフュージョン風味のプログレ・ポップ、とでも言うべきか。ギタリストであるミック・ロジャースのマンフレッドマンズ・アース・バンドっぽくもある(ボブ・ディランのカヴァーもあり)。いちおう断っておくけどロビン・ラムレー・プロデュース、ということでブランドXやビル・ブラッフォードのソロ作のような超絶技巧のスリリングな応酬みたいなものを期待されるとそういうのは皆無です。その意味ではこれも同時期にリリースされたジャック・ランカスターとリック・ファン・デル・リンデン(元トレース)によるコラボ作「ワイルド・コネクションズ」に近いかもしれない。自分はオランダのトレースについては以前にも書いたフォーカスやカヤックから当然の帰結として辿り着いて一通り作品を聴いたのだけれど、個人的には世評の高い1st、2ndよりはややおとなしめの(僕の大好きなプロコル・ハルム的でもある)3rdの方が好きなんですよね。そのトレースのリックとジャック・ランカスターの「ワイルド・コネクションズ」も全体的には弛緩したフュージョン・プログレとも呼ぶべきものなので、こういうのを退屈に感じる人も多いのかもしれないけど自分は結構好きです。あと同時代の作品としてはこれも以前書いた僕の大好きなロイ・ウッドのWizzo Band名義のアルバム「Super Active Wizzo」にも近いものがあるかもしれない。

あとはプログレ方面でCDリイシューが待望されるアルバムの定番と言えばダンカン・マッケイの「スコア」あたりでしょうか。この人なんかも我々のようなポップス・マニアにとっては10ccの人、なんですが(笑)。

Heaven & Earth/Yes

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前作「Fly From Here」から3年ぶりとなる新作。前作もこれだけの長いキャリア(僕のようなオッサンの年齢よりも長い(笑))を持つバンドの新作にしてはあまりにも完成度の高い力作だったので、それなりの期待感を持って聴きました。

結論としては、一言で言うと「ゆるい」ですね(笑)。前作では組曲形式の楽曲もあってプログレ・バンドとしてのそれなりにスリリングな展開もあった(そしてそれが決して年寄りの冷や水になっていなかった)のだけれど、新ヴォーカリストにアメリカのイエス・フォロワー・バンドであるグラスハマーのジョン・デイヴィソンを迎えて制作された今作は、そのデイヴィソンの歌に焦点を当てて短くコンパクトにまとまった歌モノの楽曲が中心のアルバムになっている。これでは確かに往年のプログレ・バンドとしてのイエス・ファンの方は正直肩透かしでしょう。しかしいつも書くことだけれど、僕はもともとがポップス方面から来たプログレ・ファンなので(笑)、この「ゆるさ」も決して悪くない、と感じてしまうのです。あとこれもいつも書くけれど、イエスの作品をオリジナル・アルバムだけ聴いていてメンバーのソロ作品や関連作品なんかはあまり聴かない、という人にはこういうアルバムは唐突に思えて不満が残るのかもしれない。しかしメンバーの直近のソロ作や関連作、すなわちクリス・スクワイアのスティーヴ・ハケットとのコラボ「スクワケット」や、スティーヴ・ハウの「タイム」、ジェフ・ダウンズのエイジア作品を体系的に聴いていれば、そのメンバーが集まって制作された新作がこういう作品になることはストンと腑に落ちるはずなのである。もっと言えば「ジョン・デイヴィソンなんていうどこの馬の骨だかわからないヴォーカリスト連れてくるくらいなら本家ジョン・アンダーソンで良かったんだ」と思っているオールド・ファンも、アンダーソンの「Suvival&Other Stories」や本家キーボード・プレイヤー、リック・ウェイクマンとアンダーソンのコラボ作「Living Tree」を聴いていればイエスの新作に往年のプログレ風味を期待することがいかに愚かなことであるかを理解できたはずなのである(いや、もちろんあれはあれでいい作品なんだけどさ)。

ただ自分がメンバーの関連作で唯一聴いてないのが新ヴォーカル・ジョン・デイヴィソンのグラスハマーな訳だけれど(笑)、You Tubeなんかでグラスハマーの曲を聴く限りでは、この人が現メンバーの中では一番古臭くてプログレっぽいことを演ってるんですよね。それがどうしてこんな風になっちゃうのか?という思いはあるんだけれど、まあ一番若いメンバーだし憧れのイエスで歌えるだけでもう幸せ、という気持ちはわからんではないが。自分の息子ぐらいの年齢の新ヴォーカリストがはしゃぐのを暖かく見守るオリジナル・メンバー、という図式がこの「ゆるさ」の原因なのかもしれない。

そういう意味では前作「フライ・フロム・ヒア」と今作の比較で言うと前作は、01年の「マグニフィケイション」以来10年ぶりの新作とは言え内容的には80年の「ドラマ」の続編で未完成に終わったトレヴァー・ホーンとジェフ・ダウンズの作品のリベンジだった(マテリアルの多くはバグルスとして発表済みのものだった)ことを考えると、メンバーそれぞれの「今」を記録した純然たる新作というのは今作こそが本当に久々の作品、ということになるのかもしれない。であれば前作から3年という比較的短いインターバルでリリースされた今作が、前作とはうって変わってあまりに緊張感のないアルバムになっていることも納得できるのである。まあ今作にしてもプロデューサーがロイ・トーマス・ベーカー(クイーンが有名)と聞いて「未完に終わった伝説の『パリス・セッション』のリベンジか?」と色めき立ったオールド・ファンは多いのかもしれないけれど。

ちなみに日本盤の解説を書いている雑誌「ストレンジ・デイズ」編集長の岩本晃一郎さん、我々ポップス・マニアにとってはプログレ方面の人というよりはこっち側の人、というイメージなんだけれど(笑)、解説を読む限りではそのロイ・トーマス・ベーカーとイエスの伝説の「パリス・セッション」の存在すら知らないようで、これはいただけませんなあ。

The Essential/Eric Carmen

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1984年に公開された映画「フットルース」のサントラ盤は当時大ヒットを記録し、ケニー・ロギンズの歌う主題歌をはじめボニー・タイラーの「ヒーロー」(我が国では葛城ユキさんのカヴァーでヒット)、ムーヴィング・ピクチャーズの「ネヴァー」(同じく我が国ではピンク・レディーのミーちゃんの歌でヒット)など、アルバムからは数多くのヒット曲が生まれた。その中の1曲、ラヴァーボーイのマイク・レノとハートのアン・ウィルソンがデュエットした名曲「パラダイス〜愛のテーマ(Almost Paradise)」が僕は大好きで、洋楽に興味を持ち始めたばかりの当時中学生だった僕は親に買ってもらったSANYOのアナログ・レコード・プレイヤーをAIWAのラジカセにつなげてこの「パラダイス」の7インチ・シングルのドーナツ盤を繰り返し聴いていた。歌詞を丸暗記してしまうくらい、文字通りレコードが擦り切れそうになるまで繰り返し聴いていたことをよく覚えている。この曲の作曲者がエリック・カルメンだった訳だけれど、自分の大好きな曲を演奏しているミュージシャンよりも「いったい誰がこんな素晴らしい曲を書いたのだろう?」とコンポーザーの方に関心を持ったことは、その後の僕の音楽の聴き方に少なからず影響を与えたかもしれない。

このSONYの「The Essential」シリーズは、アーティストの長いキャリアを手っ取り早く総括できるうえにヴォリュームたっぷりで満足もできて、かつコアなファン向けに貴重なレア・トラックまで収録されているというありがたいベスト盤シリーズ。自分も何枚かお世話になってるはずだなあ、とCDラックを調べてみたら、ジョージ・ガーシュイン、メイナード・ファーガソン、バリー・マニロウとかなり奇妙な取り合わせで所有していた(笑)。そのシリーズにエリック・カルメンが登場。ブックレットにはブルース・スプリングスティーン、ポール・スタンレー(KISS)、マシュー・スウィートら多くのミュージシャンがトリビュート・コメントを寄せているのだけれど、何とその中にアレックス・チルトン御大のコメントが!涙なしには読めません。

我々のような人間にとってこの手のベスト盤の関心はリマスターの音質とレア・トラックということになるのだけれど、音質についてはまあ劇的によくなっている、とかいうことはないですね。ラズベリーズの音源なんかは昔から音が悪かったのでどうかな、と期待もしていたのだけれどそもそもマスターテープに起因するものなので、音質向上を期待する方が間違っているかも。レア・トラックについては個人的に興味深かったのは88年のヒット曲「Make Me Lose Control」の歌詞違いデモ・ヴァージョン「Long Live Rock&Roll」。原曲はかつてのヒット曲「悲しみToo Much」と同路線のドリフターズを想起させるオールディーズ風の佳曲で、歌詞の内容も映画「アメリカン・グラフィティ」そのままのラヴソングなのだけれど、デモ・ヴァージョンでは歌詞の「Make Me Lose Control」の部分が「Long Live Rock&Roll」に置き換わっていて、これだとサビの「Turn the radio up for that sweet sound」というオールディーズ讃歌的な歌詞にぴったりハマっていてストンと腑に落ちる。「Keep this feeling alive」という部分も「Keep this summer alive」となっていてこっちの方が随分いい(ビーチ・ボーイズのアルバムにも「Keepin' The Summer Alive」というのがありましたが)。何でもアリスタのクライヴ・デイヴィス社長から「歌詞の内容が古臭い」と変更を要求されたそうだけれど、どこのレコード会社も上の人間は余計な口出しをするものなんですかね(笑)。

ただ何と言っても今回の目玉と言えるのは、何と実に18年ぶりとなる新曲「Brand New Year」。ビーチ・ボーイズの隠れた名曲「Keep An Eye On Summer」をちょっと思い起こさせる佳曲で、歌詞の内容からするとビーチ・ボーイズの「クリスマス・アルバム」のアウトテイク、とでも言ったところか。レコーディングにはブライアン・ウィルソンの「スマイル」再録に尽力したことで知られるダリアン・サハナジャ君(ワンダーミンツ)が参加している。僕は彼のことをゾンビーズの「オデッセイ&オラクル40周年再現コンサート」のDVDでメロトロンを弾いているのを見て知ったのだけれど、大御所ミュージシャンに可愛がられてますねえ。

僕がラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を好んで聴くのは、今年のソチ五輪での浅田真央ちゃんのフリー演技「奇跡の4分間」に感動したから、という訳ではなくて(笑)、エリック・カルメンの代表曲「オール・バイ・マイセルフ」にその第2番第3楽章のメロディが使われているからです。あと「恋にノータッチ」には同じラフマニノフの交響曲第2番が使われているのだけれど、このエリック・カルメンという人はラズベリーズ時代の楽曲にしてもビートルズ、ザ・フー、スモール・フェイシズ、ビーチ・ボーイズといった大好きなミュージシャンへの憧憬の表明がピュアでストレートでイノセントなんですよね(それは音楽だけじゃなくて「雄々しき翼(Boats Against The Current)」の歌詞の一節がスコット・フィッツジェラルドの「華麗なるギャッツビー」からの引用とかいうのもね)。で、ビーチ・ボーイズ風の楽曲にはちゃんと本家ビーチ・ボーイズからブルース・ジョンストンがコーラス参加してたり、日本ツアーにはカート・ベッチャーがバックコーラスで来日してたり、というのも我々愛好家には伝説だったりもするのだけれど。

ちなみに今回の日本盤仕様のBlu-spec CD2というのはSHM-CDと同じで個人的には違いがよく分からないのだけれど(笑)、前回記事にも書いた若月眞人さんのかゆい所に手が届きすぎる解説が素晴らしいのと、日本盤のみ収録のボーナストラックも6曲もあるのでぜひ日本盤をおすすめします。

 

Sugar And Beyond:Anthology 1972-1974 /Lynsey de Paul

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僕が最初にLynsey de Paulの名前を目にしたのは、以前こちらの記事にも書いた大好きなブルース・ジョンストンのソロ・アルバム「Going Public」を聴いたときのことだった。ここに収録された曲「Won't Somebody Dance With Me」を聴いて、いい曲だなあ、と思ってクレジットを確認したらブルース・ジョンストンのオリジナル曲ではなくカヴァー曲だったのだ。その後イギリスのバブルガム・ポップス系ソングライターであるトニー・マコーレイやクック&グリーナウェイあたりにハマっていた頃にブリティッシュ・ビート・グループ、フォーチュンズに辿り着いて、その代表的なヒット曲「Storm In A Teacup」がとてもいい曲だったので作者を調べてみたらそこにもリンジーの名があったのである。あとはロイ・ウッド、E.L.O.方面からリンジーのヒット曲「恋のウー・アイ・ドゥ」を知って、という感じなのだけど、他に有名なところだとグラムつながりでモット・ザ・フープルのヒット曲「土曜日の誘惑(Roll Away The Stone)」の途中でイアン・ハンターとセリフの掛け合いを聞かせてくれる女性の声の主、ということになるのかな。

とまあ、それなりに名の知れた女性シンガーソングライターであるにも関わらず、これまできちんとした形でリリース作品がリイシューされたことがなかったんですよね。それゆえこの「Sugar And Beyond:Anthology 1972-1974」と「Into My Music:Anthology 1975-1979」は、リンジー・ディ・ポールの活動期のリリース作品をレア・トラックも含めてほぼ俯瞰できるのが大変ありがたい2枚組の編集盤。ただ日本盤のみ紙ジャケ仕様ということで税込4,629円とべらぼうに高いですが、ライナーノーツを書いておられる若月眞人さんの解説がいつもながら非常に資料的価値が高いので、是非とも日本盤で揃えておきたいところです。自分はこの人をトッド・ラングレンやロッド・アージェントの関連作品の解説で知ったのだけど、この人が解説を書いているのなら少々高くても日本盤を買っておこうか、と思わせてくれる数少ない音楽ライターさんの1人ですね。若月さんの解説は知らなかったことを教えてくれて、忘れていたことを思い出させてくれて、見落としていたことを気付かせてくれる。作品レビューはかくありたい、というお手本のようなライターさんだと思います。いつもお世話になっています(笑)。

今回の紙ジャケ・リイシューで細かいクレジットを確認すると、ギターにゲイリー・ボイル(元アイソトープ)がいたり、キーボードにフランシス・モンクマン(元カーヴド・エア)がいたり、とプログレ、ジャズ・ロック好きにも新たな発見があったりして面白い。アレンジャーにはジェリー・シュリー(有名なのはルーベッツ。個人的に好きなのはソフトロック系のSteve&Stevie)がいたりするし。

先述した「Storm In A Teacup」なんかがまさにそうだけど、リンジーの書く曲というのはその多くがまるで「わらべ歌」のように親しみやすくてポップでキャッチー。そういう意味では職業作曲家としてのキャロル・キングあたりに近いかもしれないが、ロイ・ウッドやイアン・ハンターなど大物ミュージシャンと浮名を流した女性シンガーと言う意味ではセックス・シンボルとしてのデボラ・ハリーやカーリー・サイモンのような存在かもしれない。基本オーソドックスなピアノの弾き語り、という意味ではレーベルメイトであるギルバート・オサリバンにも似ているけれど、ここはひとつ「女エルトン・ジョン」と言い切ってしまいたい。こう言うと「はたしてエルトン・ジョンは性別=男性と言っていいのかどうか?」というややこしい問題になっちゃうんだけれど(笑)。

Let's Change The World With Music/Prefab Sprout

 
僕が所有する2台のipod classic(1台目がいっぱいになったので2台目を購入。1台あたりの容量が160GBなので×2でトータル320GB。ちょっとしたDVDレコーダー並(笑))には、購入したCDを片っ端から取り込んでいるので、今では実に2万曲を超える楽曲が収録されているのだけれど、ある時ふと気になって再生回数のランキングを見てみた。以前は他愛もないポップソングばかり聴いていたけど最近ではプログレも熱心に聴くようになり、ジャズやフュージョン、クラシックにまで趣味を広げている(というか雑食になっている(笑))自分の最もよく聴いているアルバムは果たして何なのか?結果ダントツの1位だったのがプリファブ・スプラウトの「Let's Change The World With Music」だった。それはちょっと意外な結果でもあったけれど、これが自分の現実でもある。

「歌は世につれ、世は歌につれない」と言ったのはかの山下達郎だが、今から4年前にリリースされたこのアルバムのタイトルに「Let's Change The World With Music」と名付けたプリファブ・スプラウトのパディ・マカルーンはきっと大真面目だ。確信犯である。いや、愛について歌うとき、パディ・マカルーンという人はいつだって大真面目だったのだ。

例えばポール・マッカートニーが「誰もが馬鹿げたラヴソングにはうんざりしているようだ。でも馬鹿げたラヴソングで世界を埋め尽くそうとする人もいる。それのどこが悪い。何度でも歌うよ。アイ・ラブ・ユー」と「馬鹿げたラヴソング」を歌うとき、彼はきっと故意犯である。百歩譲っても「未必の」故意犯だろう。

しかしパディが「世界は恋をする人々を愛している。それを忘れちゃいけない。何を犠牲にしても愛を優先すべきだ」と歌うとき、「愛は生まれては消えてゆくものだけれど、愛は全てに優る」と歌うとき、彼は大真面目だ。

熱心なファンの間では知られた話だが、実はこのアルバムは90年にリリースされた名盤「ヨルダン:ザ・カムバック」の後に制作されながらお蔵入りになっていたいわゆる「幻の」アルバムである。アルバムにはいつも饒舌なパディ(饒舌と言う意味ではほぼ同世代のUKミュージシャンである「カプチーノ・キッド」ことポール・ウェラーにも似ている)自身によるライナーノーツが寄せられている。ビーチ・ボーイズの同じく「幻の」アルバム「スマイル」を引き合いに出して、このアルバムがなぜ当時リリースされなかったのか、そして今なぜ日の目を見ることになったのか、についての、良く言えば「釈明」、悪く言えば「言い訳」が長々と綴られている。これはおそらくリリースされた後に出てくるであろう、お世辞にも丹念に造り込まれたとは言い難い打ち込み主体のサウンド・プロダクションに対する非難への牽制の意味もあったのだろう。

そんな風に、このアルバムに失望したり、「あの時トーマス・ドルビーのプロデュースでリリースされていれば」と悔やんだりしたファンは実際に多いのだろう。当のパディ本人が後悔し、懺悔しているくらいなのだから。むしろこのアルバムに対する不満というのは、プリファブ・スプラウトを愛すればこそ、ということなのかもしれない。しかし僕はそのチープな音に目をつむってでも、このアルバムを何度も繰り返しipodで再生した。ここに収められた楽曲の、そのあまりの素晴らしさに抗うことができなかった。ある意味ファン失格なのかもしれない。

オリジナル・アルバムとしてはこのアルバムの前作にあたる「The Gunman And Other Stories」(01年)は、同じように熱心なプリファブのファンの間では存在感の希薄なアルバムかもしれない。プロデュースにはトニー・ヴィスコンティ(代表的なのはT.レックス、デヴィッド・ボウイ。特に今年久々に新作をリリースしてファンを驚かせたボウイ2000年以降の復活劇には彼の存在が大きい)があたっていて、デヴィッド・ボウイの近年の作品と同じような丁寧な仕事をしている。アルバムの内容自体はそのタイトルとジャケ写から受ける印象ほどアメリカーナという訳でもない。すなわちこのアルバムはエルトン・ジョンにとっての「Tumbleweed Connection」でもなければエルヴィス・コステロにとっての「Almost Blue」でもない。聴こえてくるのはいつものパディ・マカルーン節である。

「時に愛はとても残酷なことをするかもしれない/君の天使の翼を傷つけるかもしれない/でもエンジェル、愛はきっといつか君に素敵な恋人を見つけてきてくれるよ」(「Love Will Find Someone For You」)

愛についての確信犯パディは性懲りもなくこう歌う。いやいつだって彼は愛についての歌しか歌ってこなかったのかもしれない。彼が愛について歌わなかったとき、それはただの言葉遊びだ。プリファブの初期の名曲「Cruel」をライヴでカヴァーしてたというエルヴィス・コステロはその歌詞に登場する「tuppentup」という言葉の意味についてパディに直接訊いたそうだが、もちろん意味なんてないのだろう。例えば「The King Of Rock'n Roll」の「Hot Dog , Jumping Frog , Albuquerque」(ホットドッグ、跳ねるカエル、アルバカーキ)なんかも意味なんて考えてはいけない言葉遊びの典型だが、これなんかは卑近な言い方をすれば「アルバカーキって言いたいだけやん」ということになる(笑)。あるいは「Electric Guitars」の「Mascara Meltdown Hysteria-a-go-go」(メルトダウンするマスカラ、ヒステリアゴーゴー)とか、「Jesse James Bolero」の「Don't goodbye deserve some Bach not barbershop?」(この詞の訳はみなさんも一緒にお考え下さい(笑)。「さよならは理髪店よりもバッハにこそふさわしいだろう?」?) なんていうのも意味不明で面白い。発語の快感を伴う意味のない言葉を舌の上で転がしているだけ、という印象さえ受ける(それはMascaraのMとMeltdownのM(あるいはBachのBとBarbershopのB)の頭韻なんだよ、という堅苦しいツッコミは無粋ってことで)。実際パディ自身が「Paris Smith」という曲の中でこんな風に白状している。

「But I tried to be the Fred Astaire of words」
(僕は「言葉のフレッド・アステア」になろうとしていた)

こういった言葉遊びのセンスなんかは確かによく引き合いに出して語られるスティーリ−・ダンのドナルド・フェイゲンやジミー・ウェッブ(歌詞に人名や地名などの固有名詞を多用する)に近いものがあるのかもしれない。まあ前にも書いたけど、そもそもプリファブ・スプラウトなんてバンド名自体が意味のない言葉遊びなんだけれど。

そのプリファブ・スプラウトの新作「Crimson/Red」がもうすぐリリースされる。今回の作品も過去に制作されたもののお蔵入りになっていたもの、ということでリリースの経緯は前作「Let's Change The World With Music」や89年の「Protest Songs」と同じである。いかなる形であれ、かねてより体調不良の伝えられるパディの新作がリリースされるということがとにかく嬉しい。パディの師匠とも言うべきジミー・ウェッブは先日一足先に素晴らしい新作をリリースしてくれた(ブライアン・ウィルソンをゲストに迎えた「マッカーサー・パーク」の再録というのがうまく想像できなかったのだけれど、まさかあんな風になっているとは。いい意味で予想を裏切られました)。このプリファブの新作が、僕の所有するipodの再生回数記録を塗り替える日が来るのも近い。

Tubular Beats/Mike Oldfield

 
昨年のロンドン五輪開会式でやはりイギリスを代表するミュージシャンなのだ、ということを再認識させられ、その後久々の新作を発表して世間を驚かせたアーティストというと、言うまでもなくデヴィッド・ボウイ、ということになるのだと思うけど、今回はマイク・オールドフィールド氏の方を。

2008年にリリースされたマイク・オールドフィールドの今のところの最新アルバム「Music Of The Spheres(天空の音楽)」を聴いたときに、比較的多作な人ではあるけれど、これからもうしばらくの間新作がリリースされることはないのかもしれないな、と何となく思った覚えがある。このアルバムがひとつの区切りになるのかもしれないな、と。マイクが長い間音楽活動を続けてきた末にその集大成(いつものように彼の代表曲である「Tubular Bells」の断片も聴かれる)として結局辿り着いたのが交響曲だった、というのがごく自然な帰結だったように思えたからである。

案の定、というべきか、その後マイクは自身の過去の作品のリミックスや未発表音源を含むアーカイヴ作品(デラックス・エディション)のリリースを、デビュー作にして代表作である「Tubular Bells」から開始して順次リリースを進めてきた。昨年は6th「Q.E.2」までのリリースが完了したところでの件のロンドン五輪開会式での演奏だった。

そして今年に入ってからリリースされたのがこの「Tubular Beats」である。マイクの熱心なファンであるというドイツのクラブDJユニット・Torsten "York" Stenzelとのコラボによるマイクの過去の楽曲のクラブ・リミックス集ということで、いわゆる企画盤になる。リミックス曲の方は正直特にどうということもない出来栄えなのだけれど、重要なのは1曲だけ完全な新曲が収録されていることである。11曲目の「Never Too Far」。これがあまりにも素晴らしい。オールドフィールド・マニアの方は既にタイトルを聞いてピンと来るかもしれないが、マイクが87年に発表したアルバム「Islands」のタイトル曲のフレーズが再び繰り返されている。

「We Are Islands/But Never Too Far(私たちは孤島/でも決して遠く離れてはいない)」

ライナーノーツの文章が実に上手くこの曲のことを表現している。

「この美しいアンセムはあなたを遠いどこかへ連れて行くことだろう。どうか目を閉じて聴いてほしい」

この曲で歌われているのは、そう、「祈り」である。

Sunken Condos/Donald Fagen

 
前作「Morph The Cat」から6年ぶりとなる本作「Sunken Condos」を最初に聴いたときの感想は「そうそう、これだよ、これ。これを早く聴きたかったのよ」というものだった。ドナルド・フェイゲン自身はソロとしての過去3作「The Nightfly」〜「Kamakiriad」〜「Morph The Cat」をトリロジー(三部作)と位置付けているようだが、我々スティーリー・ダンのファンにとってはダンの最高傑作「Aja」と同じサウンド・コンセプトで制作された「Gaucho」、「The Nightfly」こそが三部作と呼ぶべきもので、良く言えば本作はその頃に戻ったような、悪く言えば過去作の焼き直しのような印象を受ける(多くの熱心なファンは「この曲のピアノはあの曲」とか「この曲のブラス・アレンジはあの曲」とか元ネタ探しに余念がないだろう)。前にも書いたと思うけど、個人的には僕は「下手に冒険されるくらいなら拡大再生産してくれた方がいい」というタイプの人間なので(笑)、本作の方向性は大歓迎。本作に至るまでのフェイゲン関連の作品、すなわち「The Nightfly」とはガラリと方向転換してリズムに傾倒した「Kamakiriad」、スティーリー・ダンを再結成してグラミー賞まで獲った「Two Against Nature」〜「Everything Must Go」、父の死がテーマだった「Morph The Cat」は、それぞれに聴けば聴くほど味わい深い素晴らしい作品ばかり(ここにウォルター・ベッカーのソロ2作品を加えてもいい)だったけれど、「Aja」〜「Gaucho」〜「The Nightfly」三部作とは明らかに異なる方向性を持つアルバムばかりだった(それはあくまでサウンド・コンセプトの違いであって、よく言われるような「才能の枯渇」といった類のものでは断じてない)。それだけに本作の「あの頃に戻った感」がこの上なく嬉しい。

本作を「The Nightfly」のよう、と思わせる要因の一つにカヴァー曲が収録されている、ということがある(アイザック・ヘイズの「Out Of The Ghetto」。「The Nightfly」ではドリフターズの「Ruby Baby」をカヴァーしていた)。アイザック・ヘイズのカヴァー自体はフェイゲンの趣味を考えればいかにも、というものなのだけれど、選曲が60年代後半〜70年代前半のヘイズの黄金期からのチョイスではなくて70年代後半のディスコ期の曲、というのが首を傾げたくなるのだが、どうやらフェイゲンはこの曲の歌詞が気に入っているらしい。

「俺はお前をゲットー(貧民街)から連れ出した/でもお前の中からゲットーを取り除くことはできなかった」(Out Of The Ghetto)

とてもシンプルなのに深い。ブラック・ミュージシャンのメッセージ性にはいつもドキリとさせられる。ちなみに原曲に興味がある人にはこの曲が収録されているアイザック・ヘイズ「New Horizon」の2011年リマスター盤をオススメします。マシュー・コブ氏の「いかにバリー・ホワイトがアイザック・ヘイズをパクったか?」という私怨丸出し(笑)の長文のライナーノーツが大変面白くて読みごたえがあるので。

歌詞で言うならフェイゲンのオリジナル曲の歌詞もいい。父の死がテーマということでどうしても重苦しくならざるをえなかった前作とは一転して、これも「The Nightfly」の頃のハードボイルドなダンディズムが戻ってきているように思う。自分の彼女が若い男(the new breed)とデキて出て行ってしまう「The New Breed」なんかはまるで「Hey Nineteen」(19歳の女の子をナンパするオヤジの歌(笑))の後日談のようでもあるし、「君がいなくなって生まれ変わった」と強がる男の歌「I'm Not The Same Without You」もいかにもフェイゲンらしくて面白い。本作のマテリアルのいくつかはもともとスティーリー・ダンの新作のためにウォルター・ベッカーの元に持ち込んだのだけれど、ベッカーから「詞の内容があまりにパーソナルだからソロにした方がいい」と提案された、という裏話があるようだが、なるほど、と思わせる歌詞の世界観になっている。あとジャケット・デザイン(海に沈んだコンドミニアム)からは環境破壊の進んだ近未来を連想したりもするのだが、そんなこちらの安易な想像を見透かしたかのようにフェイゲンはこう歌う。

「Mr.ゴアの言うように/世界中の異常気象は修復可能なのかもしれないが/そんなことより俺の頭の中の天気を何とかしてくれよ」(Weather In My Head)

この「Weather In My Head」なんか聴いていると思うのだけれど、スティーリー・ダンやフェイゲンの曲の多くはシンプルなブルーズなのに全くもって泥臭さみたいなものが感じられなくて、洒脱で洗練されている。僕はエリック・クラプトンでさえあまり好んで聴かない(笑)人間だし、トッド・ラングレンが2011年にリリースしたロバート・ジョンソンのカヴァー集も、トッドのやることには大抵寛容であるトッド・フリークの僕でさえ正直しんどかった(笑)のだけれど、フェイゲンのブルーズは抵抗なく聴くことができる。昨年出版されたダンの研究本「スティーリー・ダン〜Aja作曲術と作詞法」(ドン・ブライハウプト著)の中にも「ブルーズはポップ・ミュージックのもっとも重要な成分だ」というフェイゲンの言葉が登場する。これ以外にも多くの金言・格言が登場するこの研究本は、スティーリー・ダン・マニアならきっと楽しめる内容になっているので、フェイゲン最新作と併せて読むことをオススメします。ブライハウプト氏の「ラリー・カールトンの全作品をひっくり返してみても、記憶に残るという点では、スティーリー・ダンの<滅びゆく英雄>で弾いたソロに匹敵するプレイは見つからないのだ」というカールトンに関する記述については、言いたいことは分かるが少々言い過ぎではないか(笑)という気がしないでもないけど。自分は「夜の彷徨」を始めとするカールトンの諸作も割と好きなんで(笑)。



My Heart/Doris Day

 
ドリス・デイ、と言うと僕なんかは反射的に「あなたとドリス・デイ/踊ろよマッシュポテト」とサザンの歌を口ずさんでしまいますが(笑)、世間一般的には高名な女優であり「ケ・セラ・セラ」のヒット(本アルバムにもボーナス・トラックとして収録)で知られる歌手である、ということになるのでしょう。

そして我々ビーチ・ボーイズ・マニアにとってはブルース&テリーのテリーことテリー・メルチャー(ビーチ・ボーイズの全米No.1ヒット「ココモ」は彼のソロ曲を下敷きにしたもの。初期バーズのプロデューサーとしても有名)のお母上、ということになる。この御年87歳(!)の新譜「My Heart」は全てが録り下ろしの新曲という訳ではなくて、古い曲のカヴァー音源と80年代にやっていたTV番組のために録音されたオリジナルの楽曲を編集したいわゆる企画盤ということになるのだけれど、昔と変わらぬその歌声に心奪われる。特にブルース・ジョンストンとテリー・メルチャーの作曲・プロデュースによるオリジナル楽曲(完全未発表曲を含む計5曲)が素晴らしい。

カヴァー曲はスタンダード以外にもトラッドソングの「Stewball」(ジョン・レノンの「Happy X'mas(War Is Over)の原曲と言われる曲)やビリー・プレストンの「You Are So Beautiful」(以前ニッキー・ホプキンスについて書いた時に「デニス・ウィルソンの愛唱歌」と書いたけどデニスはこの曲の共作者だという説があるのですね。このアルバムのライナーノーツを読むまで知らなかった)など馴染み深いものが多いのだが、やはり何と言ってもビーチ・ボーイズ(というかブルース・ジョンストン)の「Disney Girls」のカヴァーが出色の出来。ライナーノーツを書くウィル・フリードウォルドは「この曲の歌詞にパティ・ペイジと「オールド・ケイプ・コッド」が出てくるが、デイと「ケ・セラ・セラ」が同じように気軽に出てきても不思議ではない。自伝のように歌っている」と言っているが、確かにブルース・ジョンストンはこの美しいワルツを、高名な女優であり歌手である親友のお母様のために書いたのかもしれない、とさえ思えてくる。

このアルバムは2004年にガンで亡くなった息子テリーに捧げられている。古い曲「My Buddy」のアウトロに導かれて始まる「Happy Endings」の冒頭のナレーションでドリスは「テリーは私の息子だっただけでなく『My Buddy』でした」と語っている。「テリーが私のために書いてくれたこの曲を聴いたとき、私は彼が歌うべきだと主張しました。私じゃない、と。彼が歌ってくれて嬉しかった」。テリーがリード・ヴォーカルを取るこの曲を聴いていると、なぜドリスが息子に歌わせたかったのかが分かるような気がする。あまりにも感動的な名曲である。

そう言えば今日は、母の日ですね。



That's Why God Made The Radio/The Beach Boys


いつものように何をいまさら、という間抜けなタイミングではありますが(笑)、前回の記事までで「去年聴いた新譜〜UK編」を書いたので「アメリカ編」にもケリを付けておこう、と。

ビーチ・ボーイズ・ファンの間でも様々な受け入れられ方をしたアルバムだと思うけれど、僕は個人的にビーチ・ボーイズのアルバムの中でも「L.A.(Light Album)」や「 Keepin' The Summer Alive」あたりが結構好きな割と奇特なタイプのビーチ・ボーイズ・マニアなので(笑)、先行シングル「That's Why God Made The Radio」が名曲「Goin' On」を思い起こさせる今回のアルバムもお気に入りに追加されました。

ブライアン・ウィルソンはこのアルバムの完成後に「次はロックン・ロール・アルバムを作りたい」と語ったそうだが、逆に言えばそういうタイプの作品とは真逆のアルバム、ということになる。特にアルバムがノスタルジックなイントロダクション「Think About The Days」に導かれて幕を開けてラストが「Summer's Gone」という曲で締めくくられるというコンセプチュアルな構成は、映画「アメリカン・グラフィティ」のエンドロールでビーチ・ボーイズの「All Summer Long」が流れてくる夏の終わりの切なさを思い出したりもして。明るく元気なビーチ・ボーイズが好きな人には、こういうのは湿っぽいと思えるのかもしれないけどね。

ひとつ不満があるとしたら、僕の大好きなブルース・ジョンストンがほとんど空気と化しているところ(笑)。20年前にリリースされた前作「Summer In Paradise」にはブルースのペンによる珠玉の名曲「Slow Summer Dancin'(One Summer Night)」が収録されていたが今回はブルースの曲は一曲もなし。ちなみにこの「Summer In Paradise」はクリスチャン・ラッセンの絵を思わせる醜悪なジャケットと共に多くのファンが酷評するアルバムだが、奇特なビーチ・ボーイズ・マニアである僕は(笑)結構嫌いではない。ブルース(・ジョンストン)&テリー(・メルチャー)色が濃いところとかね。

今回の新譜でブルース・ジョンストン色が薄い、とお嘆きの同志の方は、これも昨年国内盤がリリースされたドリス・デイ(テリー・メルチャーことテリー・デイのお母上。御年87歳!)の新譜を聴いて足りないブルース・ジョンストンを補いましょう。次回はそのドリス・デイの「My Heart」について。

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